今日の一本 (幸福な食卓)

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崩壊した家庭の再生とか、身近な死を通して思春期の少女が生きる意味を考えるとか、そういう部分は確かにある映画です。で、そういう視点で見ても、これは極めて優れた映画だと思いますし、世間的な評価もそういう部分に集中するでしょ。
ある事件をきっかけに、崩れかけていた家庭が再度結束していく過程を描いた映画。「社会も家族も病んでいる現代」という時代性も持った、社会性の強い映画とも言えます。
家族みんなが何らかの問題を抱えて生きており、その問題故に自殺未遂をしたり、約束された将来を敢えて棒に振ったり、家を出て行ったり、仕事を辞めたりしている家族。そしてそんな中で唯一「普通に」生きている主人公。

※注意※ この先微妙にネタばれあり。
ちょっとでもこの映画に興味がある人は、まず劇場に見に行きましょう。
それからこれを読んでくだちい。

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その主人公を襲う、他の家族の誰よりも大きな悲劇。それを乗り越えて生きる主人公と、そんな主人公達をサポートすることで、自らの抱える問題を克服し、修復されていく家族。
主人公の少女の強さ、ラストシーンで見せる柔和な笑顔。それに励まされる人は多いでしょう。

でも、そーいう視点はさて置き、俺なんかはこの映画に、80年代、高校生だった俺に鮮烈な印象を残した、ある一本の映画との共通項が見えてきます。

この映画、主人公が15歳~16歳の少女であることから、80年代以降よくある、いわゆる「少女映画」の部類に属する作品としての見方もできる映画です。特に俺が思い出したのは、今関あきよし監督/冨田靖子(後に富田)主演『アイコ十六歳』(1983年)です。
今関あきよしといえば、ごく最近、少女買春でタイーホされたというニュースがありましたが、彼はおそらくあの年代の少女に過剰な思い入れを持っていて、それが社会的常識やモラルで制御できなくなった結果だと思えば、まさにさもありなん、と感じたのを思い出します。
ただ、今関がもっている、ミドルティーンの少女に対する過剰な思い入れっていうのは、何も彼の専売特許ではなく、たとえば金子修介だって大林宣彦だって、同じ種類のモノを持っていると睨んでいるんですが。彼らの作る少女映画で描かれる少女達は、リアルタイムで『さびしんぼう』『時をかける少女』『あした』『恐怖のヤっちゃん』『1999年の夏休み』(←これはちょっとゆがんだ少女映画だな)『ガメラ3/邪神覚醒』などを見た、俺と同年代の(元)少女達から言わせると、「あれは男が考える理想の少女像に過ぎないよね」の一言で切って捨てられる訳です。
その感覚は、5歳年下の妹を持つ俺としても、なんとなく分かります。それらの作品で描かれる少女達には、ミドルティーンの少女の持つ生々しさというものが一切感じられませんもん。

ところが今関の商業映画デビュー作『アイコ16歳』だけは、その評価が微妙に異なるんですね。
その後に撮られた『りぼん Re-Born』などが、逆に「その種の映画」の最たるもの(もう見てらんないくらいにミドルティーンの少女が、ある意味神格化されている)になっていることを見ても、『アイコ十六歳』が彼のフィルモグラフィにおいて(そして日本の少女映画史において)若干異質なものになってるのが、今関の才によるものだとは思えません。

『アイコ十六歳』も『幸福の食卓』も、男性監督による、ミドルティーンの少女を主人公にした作品。そして主人公の一人称に近い視点で映画が進行すること、そして「死」が物語の中で大きな位置を占めていること。「音楽映画」と言ってもいいくらい、ポピュラーミュージックが大きな役割を占めていること(『アイコ十六歳』はサザンとアミューズ一派、この映画はミスチル)。これらが、この二つの映画の共通項として思いつくものです。
『アイコ十六歳』は、ナレーションも冨田靖子自身であるという徹底した一人称が貫かれています。この映画はそこまで徹底した一人称描写ではありません(そもそもナレーションがない)。が、主人公の少女視点で話が進められる点、そして原作者が女性である点が、凡百の「少女映画」の中からこの作品を突出せしめている大きな要因ではないかと。

とかいいながら、多分、そんなにヒットもすることなく、ひっそりと公開も終了するんでしょう。てか既に今週で終了しつつあります。

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でも、これ大好き。

久々に、「でも、これ大好き。」と言える映画だなあ。
ポイントは「でも」です。つまり、世間の評価(新聞や雑誌、テレビの情報番組なんかで評論家が語るやつ)とか観客の評判(=興行収入)は低くても、でも俺はそういうのと関係なく、この映画が好き、と言える映画。
昔、映画をよく見ていた1980年代は、こういう「でも好き」が年に2~3本はあったなぁ、と思い出させてくれます。
大人になって時間に縛られることが増え、映画を見るときも事前にリサーチして見に行く映画を選別している今、こういう感じの映画に出会うことはめっきり減りました。多分、選別した挙句にふるい落とされている映画の中には、今でもこういう映画が混じっていたんだろうなあ、と残念に思ったり。
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いかんですねえ。映画見ましょうねえ。

タグ : 日本映画 幸福な食卓

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幸福な食卓も見てたんですよ:*:・( ̄∀ ̄)・:*:タダ券で(笑)どろろと同じ日に見ていたのですヽ(゜▽゜)ノ知ってる俳優が出てなかったけど見てみたかったんで(笑)主題歌はくるみだしどろろとあわせてダブルミスチルでしたのだ(`∀´)そ
2007/02/12(月) | 高校生の愚痴

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