2007年07月

裏MotorsportsFlashback。
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 いささか旧聞に属する話ですが、テレビ東京の社長が、5月に行なった定例記者会見の席上で、静岡地区に系列局新設・テレビ大阪の放送エリア拡大(京都・神戸エリア)・広島、仙台への系列局新設の構想について発表したとのこと。

テレ東が静岡進出を計画 広島、仙台への構想も(イザ!)

 広島に住み着いて2年になりますが、今でもテレ東系がないのには参っているので、これは大歓迎ですね。
 広島に来る前、「テレビせとうち」が広島にあるテレ東系の局だとばっかり思って何の心配もしていなかったんですが、岡山の局でした。
 アニメとかWBSとか激走!GTとか見られないのに、広島の人はどうやって生活してるんだ。。。(ぉ
 そういえば、何かのキャンペーンで中川翔子が来広したとき、blogにも「広島にはテレ東がないお。アニメとかどうしてるんだろう」とか書かれて心配されてたっけか。
 まぁ、お金を掛けないで視聴率を取ろうとすると、固定客(コアなマニア)向けの番組に特化するのが手っ取り早い訳で、『らき☆すた』にせよ『激走!GT』にせよ、まさにそういう人向けですね(GTAは激Gに関して「新規ファン開拓」に寄与している、と考えているようですがね、俺はそうは思いませんね)。

 尤も、まだ開局までに随分と時間がありますから、それまでに俺が広島にいるかどうか定かではないんですが・・・

洗剤革命(pya!) テレ東クオリティ(pya!)
テレ東クオリティ(その2)(pya!)
テレ東クオリティ(その3)(pya!)
テレ東クオリティ(その4)(pya!)
テレ東クオリティハイパー(pya!)

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タグ : テレビ東京

 7月1日、Salle Gaveau(サルガヴォ)を堪能し過ぎて一泊後に帰広。

 さて、Salle Gaveauを堪能し、思いがけず岡山で一泊したあと、在来線でゆっくり広島まで帰ろうかとも思いましたが、考えてみればその日は7月1日。JRの新ダイヤが施行される日。そして8年ぶりの新しい新幹線、N700系が営業運転を開始する日。
 というわけで、ダイヤを調べたところ、どうやらN700系の営業運転第一号である「のぞみ99号」か、その次の「のぞみ1号」に乗れそうです。
 これまでの東海道・山陽新幹線は、東京発06時ちょうどの「のぞみ1号」が、いわば下りの東京発の始発だったんですが(俺が東京から広島に着任したときに乗ってきたのもこれ)、7月1日のダイヤ改正で、品川発06時の「のぞみ」が増設されて、これが「のぞみ99号」になるわけですね。んで、新型車両であるN700系は、この「のぞみ99号」と、続く東京発06時の「のぞみ1号」に採用されています(それ以外にも下り2本の計4本、上りも4本がN700系になっているようです)。
 ひょんなことから最新型の車両に乗れるかも、ということで岡山駅で急遽新幹線自由席のチケットを購入し、新幹線ホームへ向かいます。のぞみ99号は岡山発が09時07分、岡山の改札を抜けたのが09時05分。時間的に乗車はちょっとギリギリかな・・・?という感じでした。案の定、ホームに上がったところ、ちょうど99号が出発するところでした。
 ホームは既に結構な数の人が詰めかけ、反対の上り側ホームにも三脚持参の人が。テレビドラマ『特急田中3号』で遂に鉄ヲタも陽があたる時代になった訳ですが、当のヲタたちはそんなこととは無関係のようですね。見るからに鉄分の多そうな感じのリュックを背負ったデブヲタから、お父さんに連れられている未来の鉄予備軍みたいな小さい子、うら若いお嬢さんの二人組みなど、典型的な鉄の方々が多く揃っていらっしゃいました。
 99号の出発をみんな拍手で見送ったあと、間髪を入れず、のぞみ1号がやってきます。
 デジ一眼を持っていっていなかったので、とりあえずありあわせのコンデジで撮ったものですが・・・
のぞみ1号、岡山入線!
N700系と100系、新旧揃い踏み
顔、長っっっっっっっ!!!!
 ちょうど100系のこだまとすれ違うところが撮れました。この100系も姿を消しつつあるようで、今は山陽新幹線区間でしか見られないそうです。並ぶとN700系の全高の低さが目立ちます。
ロゴと連結部の「幌」
 車体には誇らしげに「N700」のロゴが。そして車両の連結部は、700系のような「板」ではなく、ゴム製の「幌」で覆われています。空力と騒音対策でしょうか。
 そしていよいよ車内へ。
車内。照明が若干アンバーで落ち着いた感じに。
 車内は500系はもちろん、700系よりも幅広感があります。全高が抑えられているにも関らず、狭く感じないのは、この「幅広感」のおかげでしょう。
 普通車の自由席にも関らず、なんかグリーン車っぽいな・・・という印象を受けたんですが、どうもそれは室内の照明の所為のようです。今までは、普通車の照明は真っ白な蛍光灯で、グリーン車は白熱灯っぽい落ち着いた照明だったんですが、N700系の普通車の照明は、若干アンバーに振った感じの、落ち着きのある照明色です。
 シートに座ってみると、700系とは明らかに違う座り心地。グリーン車並み、とまでは行きませんが、従来より幅広になった座席と、ヘッドレスト部の両側の盛り上がりも従来より高められており、なかなかのものです。
 いよいよ岡山を出発し、のぞみなら一駅の広島まで、短い旅の始まりです。
 岡山を出発するときは、ホームにいる人たちがみんな手を振ってくれました。なんか皇族にでもなった気分で、こちらも窓から手を振り返します。 窓はかなり小さくなりました。  その窓ですが、面積はかなり小さくなっています。もとより新幹線に「開放感」とか「車窓から景色を楽しむ」という類のものは求めちゃいませんので問題はありません。窓が小さいのに「閉塞感」を感じないのは、前述の「幅広感」を感じさせるデザインの賜物でしょうか。ただ、窓から見える景色を楽しみにしている小さい子供とかはちょっと退屈かもしれません。
 そんな退屈さの解消のため、JR西日本広島支社がおもしろい試みを始めたようです。今のところ、期間限定で無料サービスのようですが、広島-東京の4時間は、片道でちょうど2時間映画2本分。これ、普通のレンタルDVDとして、広島で貸し出し、東京で返却、っていうのはどうですかね。ポータブルのDVDプレイヤーも貸し出しできれば、なおよろしいのではないかと。
新幹線モバイラー待望のAC100V! で、ポータブルDVDプレイヤーだと、バッテリーが心配になるところですが、このN700系、グリーン車は全席に電源が、そして普通車も全ての窓側シート足元に電源が用意されています。これで心置きなくDVDを楽しめる訳です。その上、さらに2009年の春からは、JR東海区間で無線LANによる車内からのネット接続が可能になる予定。この話が出たときには、当blogでも即、食いつきましたものでしたが、いよいよ夢のモバイル環境が現実感を帯びてきました。
こんな感じで足元にコンセントの口があります。 今までも700系の場合は、車両の最前列と最後列には100Vのコンセントがありましたが、その電源を目当てにしている人たち以外にも、最前列・最後列は席の前(もしくは後ろ)のスペースに余裕があるため、大きな荷物を持った人が、「指名買い」をすることも多いんですが、窓側の席を指定するのは自動券売機でもできるので、これからは乗車前に必死になってみどりの窓口で最前列・最後列を確保する必要もありませんですね。

テーブル広々 電源だけではなく、快適に作業ができるかどうかはテーブルの出来にもよります。
 新幹線でノートPCを広げた経験のある人はわかると思うんですが、700系までの新幹線のテーブルは、狭いのと高さがイマイチなので、ノートPCを乗せての作業をするのには適していませんでした。
 さらに、500系だと、車両の軽量化による剛性不足のためか?トンネルに入る時に揺れるわ、出るときに揺れるわ、カーブを曲がるときには揺れるわ、加速の時に揺れるわ・・・と、揺れまくりで、PCを使うのには全くもって適していなかったんですね。
 で、これがN700系になると、テーブルの面積がぐっと広がり、剛性感もこころなしか上がった感じです。
テーブル広々 この写真は今の主力モバ母艦、ThinkPadのTシリーズ(A4サイズ)です。A4サイズが余裕で乗って、両手を置いてタイピングしても無理がないレベル。これがThinkPadのXシリーズやLet's noteのRシリーズのようなB5サイズPCだと、横にドリンクを乗せても余裕じゃないですかね。
 しかも、車体そのものの揺れが大変少ない。前日、岡山へ行くときに乗ったのが300系だっただけに、よけいに感じたのかもしれませんが、騒音もさることながら、振動量が段違い。全然揺れません。これだと、車内でゆっくり細かい作業もできそうです。

 というわけで、Salle Gaveauを聴きにはるばる岡山まで出向いたあと、思いもかけず最新式の新幹線に乗れた、日常の中の些細な非日常を楽しんだ日々ですた。

 6月30日、Salle Gaveau(サルガヴォ)を聴くため岡山へ。

 さて。前日のSalle Gaveau広島公演、開演から2/3ほどを見逃したため大いに欲求不満が残った俺はその場で翌日の岡山公演に行くことにしました。まぁ連休だし、岡山までは新幹線でも40分そこそこ。広島公演の場合、19:30に開演して、終演は22:00くらいだったので、約2時間30分。岡山は19:30開場・20:30開演。まぁ広島より1時間遅れとして、会場の「城下公会堂」から駅まで全力疾走すれば、新幹線の下り最終23:15岡山発には、間に合うかしら、間に合うでしょう。
 急なことだったので、前売券の手配などしておらず、やむを得ず当日券でいくことに。会場のサイトを見ても、当日券はありません、なんて情報もなく、夕方には岡山へ向けて出発。岡山駅から会場まで歩き、チケット購入。入場順は前売り優先という訳ではなく、会場前で並んだもの順だそうで、安心して、駅の方へ引き返し、途中にあったTully'sで時間潰し。開場の30分前を見計らって戻ってみると、既に10人ほど先客が・・・そんなに広いライヴハウスじゃないので、これはちょっと出遅れたかな・・・と思ったけれど、それとなく聴こえてくる周囲の会話から判断するに、どうやら地元出身の鳥越啓介さん(b)の地縁血縁関係の方々(鳥越さんのグレートマザーもいらっしゃったようです)。この分だとそんなにがっついて前を占領されそうな感じでもなく、これまた一安心。広島公演のリベンジなので、今回は最前列確保を狙う気満々。
 ・・・と思ったんですが、待っている人たちの中に、どこかで見た顔が・・・うわぁ、中央線界隈のライヴハウスでしょっちゅう見かけた、例の首振りヲタじゃないかあれ!岡山まで来たのか、勘弁してクレー、あのおっさんに自分とステージの間に居座られて、変拍子インプロヴァイゼイションにあわせてフラフラヨレヨレと首を振られると、気が散って仕方が無い(上背もあってしかもメタボ気味巨体なんで嫌でも目に入るんだな)。昨年末に渋谷の公園通りクラシックスでも、あの首振りがいたので、なんとか首振りを視界の外に出せる席を確保するのに苦労した思い出が蘇りました。
 首振りメタボはどうやらフランスのRIOまでSalle Gaveau追っかけをやったようで、鳥越マザーをつかまえてフランスの話を延々としていました。岡山だけじゃなくてフランスまで行ったのか、そりゃすげえ、ヲタの鑑だ。でもフランスでも首振ってたんだろうか。フランスまで行ってヨーロッパ人に迷惑掛けなかったかどうか心配です。どうでもいいですが。
 開場時間になると、入り口でワンドリンク分のチケットを購入。缶ビールからウーロン茶まで、ライヴハウスにありがちなドリンク類が揃っていましたが、費用対効果を考えると、ここで紙コップ一杯のウーロン茶など飲む気にもなれず、缶ビールを選択。
 思惑通り鳥越さんの地縁血縁な人々は真ん中あたりに陣取ったため、こちらは余裕で最前列のど真ん中の席をGETズサーc⌒っ゚Д゚)っ 首振りメタボもそれにつられたのか、真ん中あたりに陣取っています。これで俺は安心して音楽を楽しめる訳ですが、真ん中より後ろに陣取らざるを得なかった皆さんはお気の毒としか言いようがありません。

 前日広島でも感じたことですが、既存の曲はいっそう磨きがかけられ、メンバー5人による炎のようなインプロ部と鬼怒さん独特の美しいメロディ部の組み合わせは、さして新しいフォーマットではないにも関らず、その特別な完成度の高さと相俟って、実に大きな感動を与えてくれます。
 このユニット、アルバムを聴くとソリストは鬼怒さん(g)佐藤さん(acc)喜多さん(vln)の三人と、それを下支えする林さん(pf)鳥越さん(b)の二人、という感じで、それは年末の渋谷でもそう感じたんですが、いつの間にか林さんと鳥越さんの二人もソリストとして前に出てくるようになっていて、それでも決してそれが喧嘩にはならず、絶妙のバランスが保たれているのは見事としかいいようがありません。地元ということで、鳥越さんがとりわけ張り切っていたのかもしれませんが。
インド風効果音発生装置 昨年末の渋谷では聴けなかった佐藤さんの新曲が2曲。とりわけインド音楽とタンゴの融合を狙った(狙うか普通?)という『Tingo』という曲がなかなかに愉快でした。佐藤さんはけったいなエフェクターというか、インド風効果音ジェネレータというか、シタールっぽい音発生器みたいなのを駆使していましたが、この曲のみ佐藤さんがMCを務めていました。
 そして鬼怒さんのライヴといえば恒例の不条理MCです。前日の広島では、会場の雰囲気なのか客の雰囲気なのか、随分固い感じがあって、鬼怒さんもノーマルなMCに終始していたようです。っても後半1/3くらいしか聴けませんでしたが、いつもライヴ後半になるほど暴走しがちなのが、後半1/3であの大人しい状態なら、やっぱりヴィジターとしての遠慮があったのかな、と思いました。で、岡山ではどうかというと、会場が普通のライヴハウスである点と、お客さんも普通に東京の客層と同じような感じだったのとで、ちょっとリラックスしたのか、全開とまではいかないまでも、結構楽しめるMCだったように思います。

 楽しい時間が過ぎるのは早いもので、途中休憩を15分ほどとあわせて3時間近くの公演はあっというまに終了。ん?3時間近く・・・?って、

もう23時30分だよ!

終電ねぇよ!広島帰れねぇよ!

 ・・・やむを得ず、岡山で一泊することに。ネットカフェ難民となるべくネットカフェを探しましたが、なにしろ不案内な岡山という街。会場から駅まで歩く間にはそういったものを見つけることが出来ず、困っていたところ、道中ワシントンホテルを発見。「空き部屋がある場合、当日24時を過ぎてからのチェックインならお得!」とか書いてあるので、空き部屋があることを確認し近所のラーメン屋で腹ごしらえしてからチェックイン。
 思いがけない出費が嵩んだものの(そもそも岡山行きそのものが予定外だった訳で)、昨年末とは比較にならないほどシャープで微細かつ複雑になったSalle Gaveauを楽しめた対価と思えば、決して高いものではありませんでした。(さらにつづく)

 6月29日、Salle Gaveau(サルガヴォ)、来広。

個人的に今、最も興味を引かれ続けているバンド、Salle Gaveu。どうしてもライヴが見たくて聴きたくて、この冬には東京まで出かけたりもしました。このたび、ファーストアルバム『Alloy』のレコ発およびフランスRock In Oppositionsフェスティバルからの凱旋記念と銘打って全国ツアーを敢行。そのツアースケジュールに広島が!こ、これは、なんとしても行かねば!!という訳で一ヶ月以上前から仕事の都合をつけるためにいろいろと裏工作努力しました。何しろ、この種の音楽は広島ではまるで聴けない。新作が出れば辛うじてアルバムはタワーレコードに一枚ほど入荷するだけ。それも、「まぼろしの世界」「麿崖仏」といったレーベルのみで、中央線系最大派閥ポセイドンレーベルの作品が入ってこない。当然ミュージシャンも、作品を街中で買うことができないとわかりきっている地域にはライヴにも来ない。せいぜい大阪、神戸どまり。それより西に来るとしても、いきなり博多とかに行っちゃう。これは外タレも同様で、福岡・仙台ではライヴが組まれても、広島はすっとばされること多々。だからこのblogでも度々取り上げている、所謂中央線系ミュージシャンの音を聴くために、わざわざ東京まで出て行くことになる訳で。
 ところが、今回、わざわざ東京まで行かなくても、こちらに来てくれるっていうじゃないですか。
 仕事に関しては準備万端。よほどのアクシデントがない限り、開演時間には悠々と会場であるオリエンタルホテル広島内のチャペルに着座し迎撃態勢を整えている、でした。

」ね。

 ・・・そう。よりによってこの日に限って仕事でその「よほどのアクシデント」が起こります orz そのため、結局、会場入りしたのは、予定終了時刻まで残すところ10分ほど。受付のお姉さんは、
「あと10分ほどで終わr・・・」
と言いかけていましたが、なぁにどうせインプロ合戦と不条理MCの所為で予定時刻をオーバーしているに決まってるんだから。
 ちょうど、鳥越さんのMC中に入場、最後列の空席に着席。ざっと見た感じ、会場は70人くらいで、用意された座席は、ほぼ満席。会場が半分シティホテル、半分ビジネスホテルみたいな感じのホテルで、そこのチャペルでやっている定例イベントとしてのライヴだからか、ホテル関係者の動員もあったのか?なんかセミフォーマルみたいな恰好をしたお嬢さんとか、その連れとおぼしきお兄さんとか、普段のこの種の音楽にはあるまじき佇まいの聴衆が多々。あとはメンバーの誰かの追っかけか?と思われる東京からの遠征組のおばさn妙齢のお姉さんがごく一部。
 ライヴ終了後、このイベントを仕切っていたと思われる老人がマイクを取り、観客に謝辞を述べている中で、
「いかがでしたか?タンゴのような、そうでないような、言うなればタンゴとジャズとロックのハイブリッド・・・」
と言ったあたりで一部の観客から苦笑が漏れたのが印象的でした。多分、ホテル関係者による動員、もしくは、このホテルの音楽イベントの常連客あたりが苦笑の源とは思いますが、「こんどのイベントはタンゴのライヴだよ」とか言われてそのつもりで来た人々でしょう。ご愁傷様。。。とはいっても、それは観客のごく一部。大半は満足していたんではないでしょうか。
 いやぁ、しかしいるもんだねえ、アルゼンチン音響派の広島クワトロでのライヴの時も思ったんですが。
 この広島の街で、こういう音楽の需要がちゃんと存在すること自体が驚きでしたが、これはあれです、ヲタの自虐感丸出しの特性というか、自分みたいな嗜好の持ち主なんて周囲にゃいねぇよ、どうせ俺はマイノリティだから、ふっ、みたいな。実際、そんなことはないんでしょうが、ついついそう考えてしまうところは、ヲタの悪いところです。

 鳥越さんのソロが大フューチャーされた「Arcos」、続いてアルバムでは最後を飾る「Crater」。ここで本編終了、一旦奥に入った後、アンコールで出てきて「Culcatta」。いずれの曲も、アルバムでのシンプルなアレンジと演奏からの進化は著しく、特に各メンバーのソロ・インプロに関してはそれが顕著でした。アルバムはレコーディングが昨年初夏、発売は今年の2月だから、アルバム収録曲に関しちゃアルバム発売時点で既に元の状態から半年ライヴを重ねているため、12月の公園通りクラシックスの時、「これほどのものを聴くと、アルバムを聴いても物足らないんじゃないのか」と感じたんですが、その後フランス遠征をはじめとして更に演奏回数を重ねているため、12月のときより更に進化を感じましたね。

 ただ、やはりこちらとしては3曲じゃあ、全然満足できません。幸い翌日から2連休ということもあり、翌日の岡山にも急遽参戦することにしました。新幹線で岡山まで行くのはちょっと出費が痛いけれども、なぁに東京だの大阪だのに行くことを思えば・・・ということで、Salle Gaveau二連荘ならぬ、1.5連荘、いや1.3連荘くらいかな?(つづく)

 吉祥寺に、ヲタもとい、様々な趣味を持っていて、それら趣味の一つ一つについての掘り下げかたが素晴らしい友人がいまして・・・彼女のblogで、長期に亘ってRECOMMENDにされている本があって、随分前から気にはなっていました。
 彼女の趣味・嗜好については感覚としてある程度分かっているつもりだったので、この種の本で彼女が推すんだからおそらくハズレではあるまい、と思い、先日、広島の紀伊国屋に行った際、この本を購入。『I 闘蛇編』と『II 王獣編』の二巻構成で、まぁとりあえず『I 闘蛇編』を購入。ハードカバーだし分厚いし重いし高いし、もしおもしろくなければ『I 闘蛇編』だけで読みやめようそうしよう、という感じで、買った本を持って、紀伊国屋から程近い鯉城通りの放送会館内にあるスタバに入り、おもむろに読み始めました。

 ややっ、ページをめくる手が止まらない。

 戦争の道具として公的費用で飼育されている「闘蛇」という生物(龍のイメージに近い)。その日常の世話を任されている部族の一員と、異民族の女性との間に生まれた少女エリンを主人公として話は進められるんですが・・・  いわゆる「ハイ・ファンタジー」と言われる種類の読み物です。作家の上橋さんの代表作は「守り人・旅人シリーズ」。まだ読んだことはないんですが、一般にはこれはファンタジーというより児童文学の傑作シリーズとして知られており、同じく国産ファンタジーの金字塔「十二国記」と同様、NHKの衛星アニメ劇場枠でアニメ化され、現在も放送中。その「守り人・旅人」シリーズの小説が完結したあとの、作者の長編新作が、この『獣の奏者』です。
 と書くと、「剣と魔法と王家が出てくる」従来型のファンタジー小説を想像するところですが、随分違います。
 主人公エリンは魔法使いでもなければ女剣士でもありません。というか魔法は出てきません(王家は出てきますが)。
 主人公エリンの母(闘蛇の医術師)、そして、とある悲劇で母を失った後にエリンの「育ての親」となったジョウン(ある理由でリタイヤしている教育家であり、現在は養蜂家)、さらに、その後にエリンが寄宿する全寮制の学校(傷ついた王獣を保護することを通して「獣の医術師」になるための勉強をする、いわば獣医さんの養成学校)。  エリンの成長過程でエリンを取り巻くこれらの人々・環境から受ける影響が、エリンを、普通の子よりも洞察力・観察力・探求力に優れた子に育てます。そしてそれらの力を駆使し、目の前の困難に対し最善と思われる方法を実行する意志の強さ。時にはそれに反対する人々(それが恩師や、その国の絶対権力者であっても)に対して、強行突破するのではなく、自分の目的と理由をはっきり提示し、相手を説得し得る交渉力。
 『魔法』や『剣術』にかわって、物語を進める上でエリンの武器となるのは、これらの力です。

 上巻にあたる『I 闘蛇編』、スタバで一気に読み終わったのはいいものの、続きが読みたい。今すぐ読みたい。待てない。ていうか『I』と『II』のつなぎの部分というか渡りの部分があまりにも絶妙かつ巧妙。これもしも買って家に帰って夜になってゆっくり読んでいたら、『I』を読み終えてすぐに『II』が読めないことで、心身に過度のストレスを感じ、そのまま悶え死んでしまいかねなかったであろうと思うと、買って家に帰る前に読み始めたのは正解だったと思いましたね。
 という訳で気がつくと先ほどの紀伊国屋書店に逆戻り。そのまま『II 王獣編』を購入し、今度は別のカフェに転がり込み、オーダーした飲み物に口をつけるのももどかしく、読み進める。

 主人公エリンは、様々な理由から、奇しくも母と同じく「獣の医術」について学ぶことになるものの、そんな中で、傷ついた一匹の王獣の世話を任されたこと、そしてエリンの持ち前の洞察力・観察力・探究心と、純粋に王獣を思いやる心根の優しさ、それらの全てが組み合わさったとき、エリンは否応なく、高度に政治的な激流の中に巻き込まれることになります。
 読み進めるうちに、エリンが善しと思って進めることが、必ずしも彼女の世界にとっての善である、とは限らないのではないか、という状況が展開していくにつれ、読み進めるのが苦しく、悲しくなってきます。とはいっても、物語の構成力の高さ、そしてストーリー展開の見事さ、個々の登場人物の造形の見事さ、など、良い小説の要件の多くを兼ね備えているだけに、読み止める事ができません。悲しくて、つらくて、もうやりきれない。でもページを繰る手は止められないという。

 これ以上詳しく書くとネタばれになってしまうので書きません。てか、これは本当に良い小説なので、どうかファンタジーだの児童文学だのという部分でしり込みしてしまう人たちも、騙されたと思って読んでください。
 この作品の極めて優れている点は、ハイ・ファンタジーでありながら、エリンの悩みや苦しみは、そのまま現代社会にもありがちなものであるという点。高度に政治的で難しいところまでテーマを持って行きながらも、語り口は平易で子供から大人まで楽しめる。子供も大人も、それぞれの年代が今までの人生経験の中で得たものを投影しつつ、世代ごとの楽しみかたが出来る本です。
 子供だけに独占させておくのは、もったいない。

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