2006年10月

裏MotorsportsFlashback。
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広島ではバルト11の中の1スクリーンにおいての、ごく短期間の上映(普通に2週間、その後一日一回夕方の上映が一週間)で、世間的に盛り上がってきて新聞記事などでも取り上げられはじめた頃には上映が終了していたという『時をかける少女』
公開第一週は劇場内がガラガラでしたが、公開第二週にもう一度行くと超満員、そしてその後間もなく上映終了という、映画館にとっては笑うに笑えない公開状況だった訳ですが、どうやら配給元もここまでのヒットは予想しておらず、
「ヲタ向けに劇場で短期間公開した後はDVDで稼ぐさ」
程度の認識で、上映用のフィルムも少量しか用意しておらず、拡大公開しようにも物理的に不可能だったということのようです。
さて、blogを始めとしてネット上での大盛り上がりも一段落してきたところで、ようやく広島にもフィルムが戻ってくるようです!

時をかける少女('06日/1h39/カラー/ビスタ/デジタル/角川ヘラルド映画)
11月5日(日)~10日(金) サロンシネマ (鷹野橋)

たったの6日間だけとはいえ、これは朗報です。
おそらくこれを逃すと、もう広島ではスクリーンで見られないと思われます。広島在住で未見の人は見に行きましょう。既に見た人ももう一度、いや何度でも行きましょう。

と、それはともかくとして、国内のweb上での高評価にとどまらず、一般紙(誌)や映画専門誌での高評価、さらにシッチェス映画祭に出品されてアニメーション部門最優秀長編作品賞を受賞したりと、当初の配給会社の思惑を越えて、この作品、どんどん一人歩きしているようです。

ときかけWebマーケティングの有効な手段の一つとして、blogを使ったマーケティングが注目されて随分経ちます。
blogマーケティングについてはIT mediaこのあたりに簡単にまとめられていますのでご参考までに。
俺は以前に勤務先でインハウスのコンタクトセンター立ち上げに関った際に、所謂CRM(エリック・コマスがやっているマネジメント会社のことではない)に関しても一通りの学習はしたつもりです。
その時の実感を踏まえると(その頃はblogマーケティングだのCGMだのなんて話はありませんでしたが)webとかネットという手段を使って顧客層の開拓を図ったり、既存顧客とのリレーションを保ち続けるなんていうのは、俺自身は、幻想に過ぎないのではないか、と。
だから先にリンクしたIT mediaに書かれているようなマーケティング手法も同様であろう、と思ってたんですが・・・この『時をかける少女』などは、一見するとblogマーケティングが成功した典型とも言えます。
実際、公式サイト以外に「公式blog」を作り、トラックバックは基本的にご自由にどうぞ、ってな感じでやっていますし、俺自身のこのblogも、『時かけ』のエントリに対してついたトラックバックの数も多く、また、公開当時は『時かけ』関連の検索ワードでここに来る人も多かったようです。
そのトラバを辿ったり、そのまた先のblogへ行ったりして『時かけ』関連のレビューを読むと、まさにCGMを使ったマーケティングの成功例としての典型とも言える状況が生じているのが判ります。

最初に『時かけ』を取り上げたこのエントリでも書きましたが、配給元の角川ヘラルドは、最初はこの映画を、コアなアニメオタク、所謂「アニヲタ」だけをしっかり取り込んで、堅実に儲けようとしていた節が伺えます。
何よりも、オフィシャルサイトに寄せられた推薦文を書いている人たちが、

村上隆
現代芸術家。作風のルーツはアニメにあり、と自ら公言し、実際、その作品は、秋葉原中央通沿いの小汚い雑居ビルの中にショップを構えるヲタ系ショップで売られている美少女アニメ系フィギュアとどこがどう違うのか、芸術的にシロートの俺にはよくわからない。
乙一
気鋭の若手ミステリ作家であるが、自身そのルーツはラノベ(ライトノベル)にある、と明言。また実際デビューはラノベ系作家としてであった。
杉浦由美子
著書に『オタク女子研究-腐女子思想大系』がある。
樋口真嗣
『日本沈没』『ローレライ』の本編監督として名を下げつつあるが、特撮ヲタの聖典「平成ガメラ三部作」で、それまでの特撮とかSFX作品に見られなかった斬新な画作りを見せ、日本特撮界の寵児とされていた時代もあった。
押井守
『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』の監督として名を上げ、その後『機動警察パトレイバー』『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』などで、所謂ジャパニメーションの第一人者として国内はもとより、ジェイムス・キャメロンやマトリックスのウォシャウスキー兄弟など海外の第一線のクリエイター達にも大きな影響を与え続けているアニメーター/演出家。
と、こんな具合。どこをどう見ても、この面子が書いた推薦文が、まっとうな生活を送っている一般の人たちに広告的訴求力を発揮するとは思えません。
非ヲタの一般客なんて端から当てにせず、ひたすらアニヲタだけを取り込もう。いや典型的な「アキバ系アニヲタ」だけじゃなくて、池袋系腐女子群もしっかり取り込んで、ヲタ属性からきっちりお金を巻き上げましょう、という努力だけは痛いくらい感じましたがね。

ところが。

おそらくはYahoo movieのユーザーレビューで長期に亘って高得点を維持し続けたのが導火線となったと思われますが、公開から程なく、各都市で単館公開された劇場には、当初の予定になかった「一般の人たち」が押し寄せ、さらに観にいった人からの口コミもあり、遂には連日満員で入場を制限していたような状況が生まれた訳です。
公開が中学・高校の一学期終了前で、「学校での口コミ」が伝わりやすい時期だったこと、そしてその後に夏休みに入り、就学年齢の若い子たちが映画館に行きやすい状況になった、というのも要因として大きかったかもしれません。
同時期に公開されたジブリ『ゲド戦記』のように、テレビや出版を巻き込んだ、国家を挙げた夏の一大イベントでもやるかのようなキャンペーンなど一切やらずに(つまり宣伝費をほとんど掛けずに)こういう状況が生まれたことは、まさにCGMマーケティングの理想の公式に見事に則ったもの、と言ってもいいんでしょうが。。。
ただ、角川ヘラルドが当初からそういうマーケティング戦略を採っていたのか、というと、先に挙げた公式サイトの推薦文を見る限り、そして公開規模や用意した上映用フィルムの本数を見る限り、そうは思えません。
製作サイド・配給サイドが当初からCGMマーケティングを使おうとした訳ではない以上、厳密には「CGMマーケティングの成功例」とはいえないんではないでしょうか。せいぜい、「CGMマーケティングの可能性を否定しない材料」程度ではないかと思いますね。むしろ「CGMマーケティングは偶発的にしか成功し得ない」例、とも言えるかも。ってのは言いすぎか。

そもそも、俺を含むbloger達は、誰に頼まれて『時をかける少女』をプッシュしたわけでもありません。
作為的にCGMを使おうとしても、CGMに乗っかりそうな人たち(CGMの"C"、読み手であれ書き手であれ)は、巨大掲示板サイトやmixiなんかの活用により、メディアリテラシーが相当高くなっており、そういう作為的な盛り上げをしようとしても、作為の存在を漠然と読み取る力を持っている、と思うんですね。

ならば、何故、『時をかける少女』は(表層的に見て)CGMマーケティングの成功例たり得たのでしょうか?

結局は、作品(コンテンツ)そのものの質が、極めて高かったから、に他ならないでしょう。
延々長文を書き続けて導き出された結論が、至極当たり前のものであることに、書いている俺自身がうんざりしていますが、事実だからしょうがない。
だってそうでしょ。『時かけ』が素晴らしい映画だったからこそ、観にいった人達はYahoo movieで高得点をつけ、blogerや個人サイト製作者はこの作品を称える記事を書き、週末に映画にでも行こうと考えている人たちが周囲にいたらこの作品を薦め、結果として一般紙(誌)ですら無視できないような状況を生んだ、ということです。

製作サイドは、マーケティング戦略なんてこと以前に、質の高いコンテンツを作り出すことにこそ腐心すべきで、逆に言うと、良質のコンテンツさえあれば、変に宣伝戦略に凝らなくても、自動的にCGMマーケティングの仕組みが、そのコンテンツを世間に広めてくれるという時代になった、とも言えます。
そう考えると、巨大資本の下で製作される作品ではなく、むしろ、良質だけれども作って世に出すだけで精一杯、というような作品が、興行的に正当な結果を得る事ができるという、20世紀にはあまり起こり得なかったことが普通に有り得る、いい世の中になってきた、とも言えるかも。

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タグ : 日本映画 時をかける少女 CGM blog マーケティング

「なまぜみ」と読むんだそうです。

生蝉 CICALA-MVTA LIVE 2006家から程近い場所に、@nima(これで強引に「アニマ」と読ませます)というショットバーがあります。
このお店は、所謂貧乏バー若者向けのショットバーで、その営業形態から、本当はお店の雰囲気はもっと騒々しい賑やかな感じになってもいいと思うんですが、そこはそれ、大変穏やかなマスター(※穏やかなのをいいことに好き放題書いとるがなw)の人柄もあって、業態や客層に関らず、かなり落ち着いたBARになっています。
何よりも、店に流れる音楽が、これもマスターの趣味性を大きく反映して、フリー以前のジャズがメイン、あとはコンテンポラリーなボサとか、もっと世俗的なのは、まぁよくてAORとか、そのあたりばかりなのも、店の雰囲気を落ち着いたものにしている大きな要因でしょう。

その@nimaで、先日、飲んでいた時のこと。
今年の9月に行なわれた「東京JAZZ」がNHK BSで放送されていましたが、何人かのお客さんとお店のプロジェクターでそれを見ていたら、いきなり渋さ知らズオーケストラが出てきました。
いやー、確かに渋さを分類するとしたらジャズですよ、ジャズ。
でも、この店に合うジャズじゃないでしょ、こういう基地外ジャズは。てか、そもそも伝統と格式を誇る(いやよく考えたら伝統も格式もあんまりねぇな)東京JAZZに、渋さなんて出る時代ですか。
そういえば渋さ、とうとうエイベックスからメジャーデビューしちゃったね、ベスト盤だけど。いや関係ないけど。

で本題。
吉田達也のような、特異な才能に恵まれた人が参加するバンドは、

  1. リーダーバンドであり自身が殆どの作曲を手がけている
  2. 他のリーダーに彼自身の色々な腕を買われ参加しているバンド
に大きく分類されるかと思いますが、シカラムータは後者にあたりますね。いや吉田達也側から見て、の話ですが。

元は「大熊亘ユニット」であるこのバンドは、基本はジャズですが、一言で「ジャズ」と言ってしまうと、大きな誤解を招いてしまう音ですね。
ジャズ+チンドン+変拍子+ハードコア、とでもいうような音で、まあつまりは一言で言うと「基地外ジャズ」、で片付いてしまうところは、渋さと似てるような似てないような。

そのシカラムータの新作は、今年の春に行なわれたツアーのライヴ・レコーディングです。
こっち系(どっちだよ!)では、吉田さん以外に、ヴァイオリン他で太田惠資さん、アコーディオンで佐藤芳明さん。そういえば太田さんは渋さと兼務ですね。

全11曲中、カバーが3曲、トラッド2曲。あとの6曲のうち、2曲がなんと吉田作曲。吉田さん以外のメンバーが作曲クレジットされていないところからも、本来「大熊ユニット」であるこのバンドで、ヨッシーの存在感がかなり大きくなっていることが窺い知れます。
一曲目からいきなり磨崖仏ワールド全開みたいな「HERAKLION」。各メンバーの雄叫びにも似たイントロから、大熊さんのクラリネットに導かれるリズミカルなチンドン。でも結局、無茶苦茶な変拍子。笑うしかない。
二曲目「 プレセンテ!(その後のレクイエム)」、三曲目「地中山脈」は、微妙に哀愁を帯びた、日本のストリート感覚溢れるメロディがシカラムータらしくて素敵です。
四曲目「スカラベマーチ」は、シンプルなヂンタというかチンドンのリズムから、徐々にハードコアなリズムへ変化していくあたりは、ただのチンドンバンドでもなければただのハードコアヂャズでもない、まさにシカラムータならではの世界が展開されます。
五曲目、メロウな「ソラミレバ」で暫しの安らぎを得たかと思えば、六曲目、吉田作曲「STARA PLANINA」。個人的にはこのアルバムの白眉ですね。新曲群が従来のシカラムータらしいサウンドなのに対して、既発曲の中で敢えてこの曲を入れてくるあたり、ヨッシーの存在感が(略
強烈な変拍子、ハードコア・ビートですが、決してシリアスになりすぎず、必ず「笑い」の要素を忘れずに入れてくるところはシカラムータのシカラムータたる所以でもあり、俺が好きな所以でもあります。

後半は「不屈の民」「平和に生きる権利」「ターキッシュ・ダンス」、そしてシカラムータのライヴといえば「アイラー・メドレー」。最後、アンコールは「好きになってごめんなさい」。
このあたりはもう、シカラムータの定番中の定番とも言える曲群ですね。

総じて、単なる基地外ジャズではなく、メッセージ色の強いサウンドを、しかも踊れて笑えるセンスでもって力強く聴かせてしまう、いつものシカラムータのライヴを、1枚のCDに美味しく織り込んだ名盤です。
ただ、聴けば聴くほどライヴを見たくなりますね。そういう意味では聴けば聴くほどイライラする・・・。

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