今日の一冊(一枚・一曲)

裏MotorsportsFlashback。
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 吉祥寺に、ヲタもとい、様々な趣味を持っていて、それら趣味の一つ一つについての掘り下げかたが素晴らしい友人がいまして・・・彼女のblogで、長期に亘ってRECOMMENDにされている本があって、随分前から気にはなっていました。
 彼女の趣味・嗜好については感覚としてある程度分かっているつもりだったので、この種の本で彼女が推すんだからおそらくハズレではあるまい、と思い、先日、広島の紀伊国屋に行った際、この本を購入。『I 闘蛇編』と『II 王獣編』の二巻構成で、まぁとりあえず『I 闘蛇編』を購入。ハードカバーだし分厚いし重いし高いし、もしおもしろくなければ『I 闘蛇編』だけで読みやめようそうしよう、という感じで、買った本を持って、紀伊国屋から程近い鯉城通りの放送会館内にあるスタバに入り、おもむろに読み始めました。

 ややっ、ページをめくる手が止まらない。

 戦争の道具として公的費用で飼育されている「闘蛇」という生物(龍のイメージに近い)。その日常の世話を任されている部族の一員と、異民族の女性との間に生まれた少女エリンを主人公として話は進められるんですが・・・  いわゆる「ハイ・ファンタジー」と言われる種類の読み物です。作家の上橋さんの代表作は「守り人・旅人シリーズ」。まだ読んだことはないんですが、一般にはこれはファンタジーというより児童文学の傑作シリーズとして知られており、同じく国産ファンタジーの金字塔「十二国記」と同様、NHKの衛星アニメ劇場枠でアニメ化され、現在も放送中。その「守り人・旅人」シリーズの小説が完結したあとの、作者の長編新作が、この『獣の奏者』です。
 と書くと、「剣と魔法と王家が出てくる」従来型のファンタジー小説を想像するところですが、随分違います。
 主人公エリンは魔法使いでもなければ女剣士でもありません。というか魔法は出てきません(王家は出てきますが)。
 主人公エリンの母(闘蛇の医術師)、そして、とある悲劇で母を失った後にエリンの「育ての親」となったジョウン(ある理由でリタイヤしている教育家であり、現在は養蜂家)、さらに、その後にエリンが寄宿する全寮制の学校(傷ついた王獣を保護することを通して「獣の医術師」になるための勉強をする、いわば獣医さんの養成学校)。  エリンの成長過程でエリンを取り巻くこれらの人々・環境から受ける影響が、エリンを、普通の子よりも洞察力・観察力・探求力に優れた子に育てます。そしてそれらの力を駆使し、目の前の困難に対し最善と思われる方法を実行する意志の強さ。時にはそれに反対する人々(それが恩師や、その国の絶対権力者であっても)に対して、強行突破するのではなく、自分の目的と理由をはっきり提示し、相手を説得し得る交渉力。
 『魔法』や『剣術』にかわって、物語を進める上でエリンの武器となるのは、これらの力です。

 上巻にあたる『I 闘蛇編』、スタバで一気に読み終わったのはいいものの、続きが読みたい。今すぐ読みたい。待てない。ていうか『I』と『II』のつなぎの部分というか渡りの部分があまりにも絶妙かつ巧妙。これもしも買って家に帰って夜になってゆっくり読んでいたら、『I』を読み終えてすぐに『II』が読めないことで、心身に過度のストレスを感じ、そのまま悶え死んでしまいかねなかったであろうと思うと、買って家に帰る前に読み始めたのは正解だったと思いましたね。
 という訳で気がつくと先ほどの紀伊国屋書店に逆戻り。そのまま『II 王獣編』を購入し、今度は別のカフェに転がり込み、オーダーした飲み物に口をつけるのももどかしく、読み進める。

 主人公エリンは、様々な理由から、奇しくも母と同じく「獣の医術」について学ぶことになるものの、そんな中で、傷ついた一匹の王獣の世話を任されたこと、そしてエリンの持ち前の洞察力・観察力・探究心と、純粋に王獣を思いやる心根の優しさ、それらの全てが組み合わさったとき、エリンは否応なく、高度に政治的な激流の中に巻き込まれることになります。
 読み進めるうちに、エリンが善しと思って進めることが、必ずしも彼女の世界にとっての善である、とは限らないのではないか、という状況が展開していくにつれ、読み進めるのが苦しく、悲しくなってきます。とはいっても、物語の構成力の高さ、そしてストーリー展開の見事さ、個々の登場人物の造形の見事さ、など、良い小説の要件の多くを兼ね備えているだけに、読み止める事ができません。悲しくて、つらくて、もうやりきれない。でもページを繰る手は止められないという。

 これ以上詳しく書くとネタばれになってしまうので書きません。てか、これは本当に良い小説なので、どうかファンタジーだの児童文学だのという部分でしり込みしてしまう人たちも、騙されたと思って読んでください。
 この作品の極めて優れている点は、ハイ・ファンタジーでありながら、エリンの悩みや苦しみは、そのまま現代社会にもありがちなものであるという点。高度に政治的で難しいところまでテーマを持って行きながらも、語り口は平易で子供から大人まで楽しめる。子供も大人も、それぞれの年代が今までの人生経験の中で得たものを投影しつつ、世代ごとの楽しみかたが出来る本です。
 子供だけに独占させておくのは、もったいない。

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タグ : 上橋菜穂子 獣の奏者

 このblog、「今日の一冊(一枚・一曲)」っていうカテゴリーを作ったはいいけれど、実質的にはいままで全部「今日の一枚」ばっかりでした。
 本は全然読んでないのかというと、そういうことではないんだけど、なにしろ大阪や東京では電車通勤だったのが、広島に来てからは自転車通勤になったんで、量は激減しました。一方で読みたい本は多くて、どうにも追いつかない。
 自動車レースのシーズンに入ったのでレースは見に行きたいし、レースとは関係なく読みたい本は沢山。見たい映画も沢山。聴きたい音楽も沢山。やりたいゲームも沢山。撮りためて現像していないRAWデータも沢山 orz ああ時間が欲しい。

 ってそんなことはどうでもよくて。

 ここ数年で一番気に入っている作家は誰か、っていうと、やっぱり藤原伊織ってことになるのかな。
 別に洋の東西を問わず読んでいるつもりでも、映画もそうなんですがやっぱり母国語で理解できるものがいいので、海外作家とか洋画とかは「一番」という話になると出てこない。この人の、乱歩賞と直木賞をダブル受賞した『テロリストのパラソル』なんてのは個人的にはオレサマ史上ベスト小説を争そいますね。

 で、『ダナエ』ですが。
 中篇の「ダナエ」、そして短編の「まぼろしの虹」「水母」の二編、計三篇が収録されたものですが、全体としても薄く、中・短編集と言ってもいいでしょう。
 本の装丁は立派なハードカバーですが、中編一つに短編二つという構成といい、行間にわりと余裕をもたせた写植といい、読みはじめると一気に各エピソードの末尾までを読み切ってしまいたくなる、佳作短編集です。
 いずれも、藤原伊織の作品に出てくる類型的な男性、ちょっとアウトローで、ちょっと過去に暗い影を持ち、そしてちょっとハードボイルド風味なセリフを喋る男が出てきます。「ダナエ」と「水母」では、そのハードボイルド風味の男性が主人公、そして「まぼろしの虹」でも準主役として重要な役割を占めています。ただ、乱歩賞作家の書いたミステリー小説だと思って読むと、どのエピソードもちょっと肩透かしを食らいます。

 ミステリーとしての体裁をとっているのは表題作「ダナエ」だけ。ちなみに「ダナエ」とはギリシャ神話に出てくる女性で、レンブラントの作品に、そのダナエをテーマにした絵があり、過去、エルミタージュ美術館に展示されていた、そのレンブラントの「ダナエ」が何者かにより、硫酸で損壊させられるというエピソードが過去にあって、それと酷似した事件が銀座の画廊で起こる、という話。誰が、なぜ?そして「ダナエ」事件との関連性は?というあたりが謎めいているものの、所謂「本格ミステリー」としての約束事は守られていません。それよりも、主人公が過去に抱えている事件、それによる心の傷、という部分の方が、お話の根幹を占めています。

 「まぼろしの虹」は、藤原作品の主人公としてはかなり健全な精神状態の男性が出てきて、その姉との物語か、と思わせるような始まり方をしますが、その後「藤原伊織的な」男性キャラがサブで出てきます。その男性キャラが抱えている背景というかドラマだけで小説が一つ書けそうな感じなんですが、短編であり、そういうことにはなりません。そのあたりが、この作家の長編作品(とりわけ『テロリストのパラソル』『シリウスの道』)が好きな人にとっては物足らないかも。この話を長編で読みたかったな、と。俺もちょっとそう感じただけに。
 そのサブキャラの家で主人公とサブキャラが一緒に食べる、土鍋で作るおでんの美味しそうな描写が実に印象的です。

 最後の収録作品は「水母」。
 主人公は過去に売れっ子だったこともあり、多分いまでも才能は枯れていないにも関らず、競輪と酒にうつつを抜かすCMディレクター。これまた典型的な藤原伊織キャラの主人公です。
 この主人公と過去に同棲していた女性(クリエイターからアートの分野で名を成し、今では大学で教鞭を取るまでになっている)がいて、その女性が、複雑な状況が絡み合った結果、大きな危機に直面。過去に同棲していた女性の危機に対し、駄目男に成り下がった主人公がとった行動は・・・という話。
 短編であるにも関らず、主人公の抱える問題、過去の出来事などもうまく描き切ってあり、俺個人としては、今回収録三作品の中では最高におもしろい。「まぼろしの虹」とは異なり、短編ならではのものがたりを、短編ならではの技法で書かれているのがいいんです。

 各エピソードとも、結末はハッピーエンドと言えるかどうか微妙だけど、主人公達のその先に続く道は決して暗澹としたものではない、という感じなだけに、読後はちょっとだけ気持ちよくなれました。それでありながら、四十前の男が読むと、結構どのエピソードもずっしり響く部分もあったりして(このずっしりした部分は、多分俺が20代だったら分からなかったかもしれないなあ)。

巨漢のロック・シンガー、ミートローフの"Bat Out Of Hell"シリーズ、日本語では『地獄のロックライダー』シリーズですが、その最新作です。

<ここから昔話>
第一作は77年。世間的にはオサーンの部類に属する歳になった俺も、さすがにこれはリアルタイムでは聴いていません。初めて聴いたのは高校2年生の時で、まだLPレコードでした。きっかけは、何かの雑誌で読んだ「ロック・オペラというジャンルがあるとすれば、その代表作は『オペラ座の夜』や『Tommy』と並んで、この作品が挙げられる」と紹介されていたこと、そしてプロデューサーとコンポーザーでジム・スタインマンの名前があったことですか。
そう、ミートローフの名前は知らずとも、ジム・スタインマンの名前は知っていました。というのも、あまり大声で言えないけれども実は個人的には生涯ベストムービーの一本と言っていい映画『ストリート・オブ・ファイヤー』(84年アメリカ/ウォルター・ヒル監督作品/出演:マイケル・パレ、ダイアン・レイン、ウィレム・デフォー、リック・モラニス)の中で使われる、テーマソングと言っても良い二曲を手がけた作曲家だったからです。
で、実際に聴いてみると、『地獄のロックライダー』は、先に挙げた『オペラ座の夜』や『Tommy』なんかと同種のもの、として捉えるには少々無理があるんじゃないかと思いました。
『オペラ座の夜』も『Tommy』も、それぞれQueen、The Whoというバンドのオリジナル・アルバムとして、彼ら主体で作成されたものであり、さらに、アルバム自体はコンセプト・アルバムではあるけれども、彼らのディスコグラフィを俯瞰するにあたり、重要な位置を占めてはいるものの、決してバンドの歴史の中で突出して異色なもの、という訳ではありません。
一方の『地獄のロックライダー』ですが、これは「ミートローフ」というシンガーのアルバムという体裁をとっているものの、実際のところはジム・スタインマンがミートローフという素材を使って作った、「作曲家の作品」という色彩が強いんですね。
アルバムの中身は、まさに「ロック(の楽曲と演奏・唱法を使った)オペラ」。「オペラ的手法を取り入れたロック・アルバム」ていうよりも「ロック的な音で展開されるミュージカル」というか。この後、ジム・スタインマンがブロードウェイや映画音楽にその才能を発揮するのもうなずけます。

この作品、日本ではさして大ヒットはしませんでしたが、アメリカ、ヨーロッパでは大ヒットでした。にも関らず、それ以降はこれほどのヒット作には恵まれていません。プロデューサーや作曲にジム・スタインマンを迎えた作品もいくつかありながらも、内容・セールス共にこれを越える作品は生み出せないままでした。
で、1993年、確かまだ俺が社会人になってそれほど時間が経っていなかった頃ですが、満を持して発表された『地獄のロックライダーII~地獄への帰還』をリリース。これも一作目に劣らぬ傑作でしたが、何より驚いたのは、その曲調はもちろん、音の手触りも含めて前作から15年以上経っているのに、悪く言えば全く進歩がないところ。まさに『地獄のロックライダー』の世界を90年代に蘇らせた、というか、この音が90年代である必然性ゼロだったのには、当時大笑いしました。自家用車のCDチェンジャーに常備していたなぁ。懐かしす。
</昔話>

まあミートローフといえば『地獄のロックライダー』、そして『地獄のロックライダー』といえばジム・スタインマンという、この取り合わせは、俺を含めた一部の人には無敵なんですな。
そして今年、なんと2006年も暮れようかという、この21世紀の世に、まさか『地獄のロックライダー』の新作が出てこようとは、さすがに思ってもいませんでした。
国内盤はまだのようですが、タワーレコードで既に店頭に出ていた輸入盤を見たとき、一瞬気を失ってしまい、あとのことはよく覚えていませんで、気がついたら家に帰ってヘッドフォンを掛け、大音量で聴いている自分が・・・

Bat out of Hell III: The Monster Is Loose

  1. The Monster Is Loose
  2. Blind As a Bat
  3. It's All Coming Back To Me Now
  4. Bad For Good
  5. Cry Over Me
  6. In The Land of the Pig, The Butcher Is King
  7. Monstro
  8. Alive
  9. If God Could Talk
  10. If It Ain't Broke Break It
  11. What About Love
  12. Seize the Night
  13. The Future Ain't What It Used To Be
  14. Cry To Heaven

ジャケットはいつもの感じで、蝙蝠の化け物が前二作より大きめに描かれ、前作ではその蝙蝠にウェスタン・ラリアートをかまそうとしていたロックライダーさんが、今回は短剣を手にして蝙蝠と対峙しています。
邦題はどうなるんでしょうか。多分『地獄のロックライダーIII』になるのは確実として、The Monster is Looseは・・・「獣は解き放たれた」とでもするか。「放たれた獣」・・・ちょっとセンスないな。

◆ジム・スタインマンの不在

ところで、このジャケットを良く見ると、"Song by Jim Steinman and Desmond Child"と記載されています。
ここでデスモンド・チャイルドがジム・スタインマンと同等に扱われているのを見て、意外に思う人もいるかもしれません。俺も意外でした。さらにライナーノーツを見ると、なんとアルバム全体のプロデューサーとしてクレジットされているのもデスモンド・チャイルドなんですね。
つまり今回の『地獄のロックライダー』は、デスモンド・チャイルドがメインのサウンド・クリエイターであり、ジム・スタインマンはあくまでも楽曲提供者にしか過ぎないわけです。
ただ、このシリーズをここまで主体的に牽引してきたのがジム・スタインマンであることは疑いのない事実であり、ライナーノーツの裏表紙にも
"FOR THIRTY YEARS OF FRIENDSHIP AND INSPIRATION,BAT OUT OF HELL III IS DEDICATED TO JIM STEINMAN"
と書かれてもいます。
実際はミートローフとジム・スタインマンの間で、『地獄のロックライダー』の商標?を巡って一悶着あったようですが。(Bat out of Hell III: The Monster Is Loose - Wikipedia, the free encyclopedia)
察するに、ミートローフ側が、もうそろそろまた『地獄のロックライダー』やろうぜ、とジム・スタインマン側を突っつき続けて幾年月、『地獄のロックライダー』の名を冠するに足るクオリティの曲が揃わなかったんでしょうか、なかなか重い腰を上げないジム・スタインマンに痺れを切らせたミートローフがデスモンド・チャイルド一派を起用し、見切り発車でアルバムの製作に入ったものの、『地獄のロックライダー』の商標権を押さえていたジム・スタインマン側がこれに反発、訴訟問題に発展してしまった、と。
最終的に本作のみミートローフ側が『地獄のロックライダー』の名前を使ったアルバムを出すことをジム・スタインマン側が了承して両陣営で手打ちがされ、ジム・スタインマンもやむなく何曲か既発表曲を提供した、というところでしょうか。
ちなみに全14曲中、ジム・スタインマンのペンによる曲は7曲(3、4、6、10、12、13、14)。これら7曲は全て、ジム・スタインマン一人の作詞・作曲によるものです。
対してデスモンド・チャイルドの曲は6曲(1、2、7、8、9、11)。興味深いのは、この6曲全て、誰かとの共同作曲という形をとっていることです。
ライターとして起用されている主な面子は、

ニッキー・シックス
言うまでも無くモトリー・クルーの音楽面でのリーダー。モトリーの代表曲の殆どはこの人のペンによる曲(いやペンを使って曲を作っているのかどうかぁゃιぃですが)。
ジョン5
マリリン・マンソンのバンドのギタリストで、自身のソロもあり。
ジェイムス・マイケル
作曲家というよりもアラニス・モリセットのプロデューサーとしての方が有名かも。モトリーやジョン5のプロデュースもやってるから、そういう人脈もあるんでしょう。
ダイアン・ウォーレン
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!デスモンド・チャイルドと並ぶ80年代後半~90年代のアメリカのチャートを荒らしまわった、ロッカ・バラード専門作曲家!エアロスミス(アルマゲドンの主題歌)、シカゴ(ルック・アゥエイ)、マイケル・ボルトン(タイム・ラヴ・アンド・テンダネス)、スターシップ(マネキンの主題歌)・・・ほかボン・ジョヴィやハート、バッド・イングリッシュといった売れ線系ポップ・ロック・バンドからホイットニーやセリーヌやベリンダ姐さん、シェール婆さんなどの女性ヴォーカル系に至るまで、幾多の名曲を提供しているおばはんですね!
ホリー・ナイト
さらにキタ━━━━━━( @@)━━━━━━!!!!!デスモンド・チャイルドにダイアン・ウォーレンにホリー・ナイト・・・この面子は、こういった文脈で語れる音楽においては、最強ともいえる取り合わせじゃね?
マーティ・フレドリクセン
エアロスミス復活に、音作りの部分で多大な貢献をしたプロデューサー。いうまでもなく復活エアロにはボブ・ロックと共に、デスモンド・チャイルドやダイアン・ウォーレンも大きく関っていましたね。
いやーすごいメンバーですね。『地獄のロックライダーII』の時に、まったく恥ずかし気もなく15年以上前のサウンドそのまんま90年代に出してきたのにびびりましたが、80年代~90年代のヒットチャート常連コンポーザーが大挙して、産業ロック全盛期の音を21世紀に出してくるとはいやはや。
デスモンド・チャイルド自身、優秀な作曲家ではあるんでしょうが、それよりも優秀なプロデューサー(むしろ優秀なサウンド・コーディネイターとでも言ったほうが良いかもね)であり、曲のクオリティを高めるために積極的に外部ライターの導入を図っているとも言えるし、さらに言うと、ジム・スタインマンの作る強い個性を持った楽曲群だけで一枚のアルバムを作ってしまうと、さすがに新しいファン層の獲得は難しい、という判断もあったでしょう。かといってデスモンド・チャイルド単独でジム・スタインマンの楽曲群に対抗し得る楽曲群を産み出せない、という判断もあったかもしれませんね。
クリエイターとしての自我よりも、そういうバランス感覚を優先させてしまえるのが、デスモンド・チャイルドらしいとも言えますがね。だからこそ80年代後期~現代に到るまで、アリス・クーパーやエアロスミスのようなビッグ・ネームからも信頼され、レコード会社が大金掛けて一発売り出したい中堅どころのアルバムでも重宝されている所以ともいえましょう。

1曲目、『地獄のロックライダー』シリーズらしいおどろおどろしいイントロに導かれたかと思うと、いきなりメタリカとグランジによって普遍化された現代ヘヴィメタリック・ギターサウンドが炸裂し、前二作との違いをはっきりと感じさせます。
ただ、決してアルバム全体がこの曲の手触りで統一されている訳ではありません。そりゃそうだ、ジム・スタインマンの曲をこんな調子で演られちゃたまらんわい。

2曲目、1曲目では欠けていた『地獄のロックライダー』で常に重要な役割を演じてきたピアノの音が流れ出し、ほっとします。
曲の盛り上げ方、大仰なコーラスの使い方などはジム・スタインマンの音を忠実になぞっており、決して物まねとかではなく、デスモンド・チャイルドが過去二作、そしてジム・スタインマンに対して大いなるリスペクトを払っていることが窺い知れる音になっています。
ちなみに、この曲におけるミートローフの"Love is blind"の"blind"の"L"の発音、いかにも普通の人より舌が長そうな(もしくは唾液の分泌量が多そうな)、べたついた「ぶいーんど♪」を聴くと、「あぁミートローフだ、ロックライダーだ!」と思って嬉しくなってしまうのは俺だけではないでしょ。

3曲目はジム・スタインマンの曲。オリジナル・シンのアルバムに提供した曲のカバーらしいんですが、残念ながら俺はオリジナルは未聴。こういうのを聴くとだなあ、またこのオリジナルを聴きたくなっちゃうじゃんか!
また、この曲は、かのセリーヌ・ディオンもカバーしており、こちらはシングルにもなっていたようです。残念ながらこちらも未聴。うーん。
曲調は当たり前ですがジム・スタインマン節全開、デュエットによる大袈裟極まりないバラードです。

続く4曲目もジム・スタインマンの曲で、出た当初『続・地獄のロックライダー』とも言われていた彼名義のソロアルバム『Bad For Good』が初出。イントロのギターはクィーン的なギターハーモニーだと思ったら、ブライアン・メイが弾いてました。米英ロック・オペラの大家が手を組んだというシチュエーションに萌えますね。

5曲目はダイアン・ウォーレンおばさん単独作曲のバラード。今回新たに参加したライター陣の顔ぶれを見た時点で想像はできるんですが、やっぱりバラードが多いですねえ。
6曲目は再びジム・スタインマン。バットマンのミュージカル用に書いた曲だったようですが、過去二作でも必ずあった、「ダークなメロディでアルバムのドラマ性を盛り上げる曲」の役割を演じています。
この曲ではゲスト・ギタリストで、スティーヴ・ヴァイが参加してるんですが、先のブライアン・メイと違い、ヴァイ独自の爬虫類系の変態ソロが炸裂しているわけではありません。

7曲目は8曲目の前奏曲ともいえる短めの曲。オペラ調のコーラスでおどろおどろしい雰囲気を盛り上げ、八曲目に繋げます。
そして8曲目。この流れはアルバム中の白眉ともいえる部分で、デスモンド・チャイルドを始めとしたライター陣が渾身の「俺達の新たなる『地獄のロックライダー』」を作ったとも言えます。
オペラチックなコーラス、自己主張の強いピアノ、丸っこいギターサウンド、必要以上に曲を大仰に盛り上げるストリング&ブラスサウンド・・・まさにスタインマンと過去二作のスタイルに則って作った名曲といえましょう。

9曲目、これもデスモンド・チャイルドのペンです。前曲で思いっきり盛り上げたのに対し、こちらは比較的静かな感じで始まります(サビではやっぱり大袈裟に盛り上がりますが)。
10曲目は再度ジム・スタインマンの曲に戻ります。映画のサントラ用に提供した曲のようですが、これも6曲目同様に、どちらかというとヘヴィ&ダーク寄りなメロディで、次につなぐ感じです。

11曲目、デスモンド・チャイルドの曲。これはもう、7~8曲目と同様、アルバムの中核を成すキラーソングですね。
さわやかなギターのカッティングに続いて、いかにもアメリカンロックらしいピアノが入ってきて、明るくアップテンポな歌メロが入り、90年代からミートローフのツアーにデュエット要員として帯同しているパティ・ルッソとのデュエット。
存在感たっぷりのピアノ・サウンド、対照的に控えめな、丸っこいギター・サウンド、そして迫力のあるパティの女声ヴォーカル、そこに暑苦しいミートローフのヴォーカルが合わさり、実に『地獄のロックライダー』的な世界が展開されます。メロディ、アレンジとも申し分ないですね。
12曲目、ジム・スタインマンがミュージカル用に書いた曲。いかにもミュージカル的というか劇伴音楽的でドラマティックなメロディ、かつシンフォニックなアレンジが施されています。9分という、アルバム中最長の曲でもあり、組曲風に曲調が何回か変わり、9分という長さを全く感じさせないところは、ジム・スタインマンの力量を改めて感じさせるものであると共に、このスタインマン調全開の曲をいかにもそれらしく仕上げるのが嬉しくてしようがない、というデスモンド・チャイルドの顔が目に浮かぶようです。

アルバムは12曲で終わってもいいんじゃないか、と思えるくらいの盛り上がりを見せる12曲目に続いて、13曲目と14曲目、共にジム・スタインマンの、わりと静か目の曲を二曲続けて、聴き手のクール・ダウンを図ってくれます。

以上トータル14曲、ジム・スタインマン不在で『地獄のロックライダー』を作る、という、ある意味危険な賭けに出たミートローフですが、デスモンド・チャイルドによる過去二作を十二分に尊重した仕事振りは、ジム・スタインマン不在の穴を埋めて余りあるものだと言えましょう。
個々の楽曲を見ると、例えば1作目の1曲目や2作目の1曲目という、アルバムを聴き始めた者全てを導入部でノックアウトしてしまうような超強力な楽曲がありましたが、今回はそこまでぶっ飛んだ超弩級の名曲がないのが問題といえば問題ですがね。
でもデスモンド・チャイルドが主導権を握ったことによって『地獄のロックライダー』がクォリティダウンした、と言われないよう全力を尽くしたとも思える超力作。既発表曲とはいえジム・スタインマンの曲を織り交ぜることで過去二作と同様の空気を醸し出すことにも成功しており、少なくとも過去二作が好きな人や、80年代後半から90年代にかけてのモトリー・クルーやボン・ジョヴィ、大きな声では言えないが実は産業ロック路線のエアロスミスやハートなどが密かに好きな人などは、買って損はないどころか十分満足できるものだと言えましょう。てか買え。

何度かこのblogでも取り上げたこともあるアストゥーリアスですが、本当にメジャーデビュー(正確には大昔にアルバムがキングレコードから発売されていたので「再デビュー」と言うのが正しい)しちまいました!
バンド名も「アコースティック」を接頭語としてつけて、「ACOUSTIC ASTURIAS」というのが正式名称になっているようです。まあ普段「アコアス」と呼ぶことが多かったし、この呼び方がしっくり来ますかね。エレクトリックなアストゥーリアスも秋のポセイドンフェスで限定復活したみたいだし。
前回こちらのエントリでも書きましたが、
(前略)今後出るであろう新作(なんかメジャーレーベルから出すとか息巻いています、いや息巻いてはいないですが、本当に出るんだろうな、をい)が実に楽しみになります。
これは今年の7月15日に沼袋のライヴハウスで行なわれたプログレイベントのステージにアストゥーリアスが立った際に(いや立っていたのはヴァイオリンの伊藤さんとクラリネットのかおりんの二人で、あとの二人は座っていましたね、って屁理屈言うんじゃない!)リーダーの大山曜さんが
「アルバムのほうも、なんとかメジャーレーベルからのリリースができそうで・・・」
と言ったことを書いていたんですが。
まさか、メジャーもメジャー、大メジャー、あの浜崎あゆみや倖田來未や大塚愛やELT(決してELPではない)と同じディストリビューター、avexからのリリースですよ。
このページなどを見ると、「大人のためのエイベックス」と銘打たれていたりと、avexの中でも比較的マニアックなミュージシャンが揃っている「avex io」というレーベルからのリリースのようです。そういえば今年の夏ごろにあの渋さ知らズがavexからメジャーデビューを果たしており、これもびっくりしたんですが、よく見ると渋さ知らズも同じく「avex io」からのリリースなんですねこれが。他にも吉田美奈子だの松本晃彦(『踊る大捜査線』シリーズの音楽作ってる人)だの林英哲(鬼太鼓座創設メンバーの一人)だの谷村新司だのといった面々が名を連ねるレーベルです。

ということで、
「avexからのリリースなら、もしかしたら広島でも発売日に買えるかも(0゚・∀・)ワクワク テカテカ」
と、11月8日、仕事が休みなのをいいことに、ダイヤモンドシティソレイユの中にあるフタバ図書TERAに行ってみました。 敢えてタワーレコードではなくポピュラリティの高い品揃えしかしていないであろうフタバに行ったのは、avexリリースという「正の要素」と、ジャンルが邦プログレであるという「負の要素」のどっちが勝つか世紀の対決を見届けるためですね(「負」は言いすぎだろ「負」は!)。 で、いざCDショップに到着して足を踏み入れる段になって、はたと考え込むことに。果たして今のアストゥーリアスの音楽性からすると、どのコーナーに置いてあるんだろう・・・?
普通に考えて「日本のプログレ」かな。いやそんな変なコーナーがあるわけねえだろ、タワーの広島にだってないぞそんなの。
それじゃ・・えーと「日本のジャズ」かな。いやいくらなんでもジャズじゃないよな・・・と思いつつ一応ジャズコーナーを見るが、やっぱり置いていない。
あ、イージーリスニングじゃあないか?そういやポール・モーリアも氏んだことだし、イージーリスニングというジャンルが今再び注目されてるから、まさにタイミングとしてはいい時期に氏んで・・・じゃなかった、いい時期にアストゥーリアスの新作が出たってことかあ!(不謹慎)・・・てことでイージーリスニングのコーナーを探すも、コーナー自体がありません。そういえばイージーリスニングっていうのは15年ほど前に「ニューエイジ」っていう呼び名に変わったんだった、とニューエイジの棚に向かうも、やっぱり置いてない。その隣がクラシックのコーナーだったのでそっちも探してみたけれど、やっぱりない。
うーんこれは・・・avexだのメジャーだの言っても、やっぱり広島じゃ置いてないのかあ・・・とがっかりしつつも、一応聞いてみようと思って、店員の若い女性を探す(いや別に若い女性じゃなくてもいいだろ)。

俺「あのー、今日発売のアストゥーリアスの新作ありますか?」
若い女性店員「はい?」
俺「アスト・・・じゃあないや。アコースティック・アストゥーリアスです。avexからの発売で・・・」
若い女性店員「あ、はいはい。ありますよ、こちらどうぞ・・・」
俺「(すげ!やっぱり店員さんはプロだな)」と、ついて歩く。連れて行かれたのは・・・
若い女性店員「はい、こちらですね」と辿り着いたのは「J-POP」のコーナー!
俺「(じ、J-POPかよアストゥーリアスがwしかもアコースティック編成でwww)おぉあった、さすがavexだ」

ということで、正と負の戦いは、見事に正が勝利を収めました。パチパチ

Marching Grass On The Hill

  1. WATARIDORI
  2. Marching Grass on the Hill
  3. 紅江
  4. Waterfall
  5. Classic Medley
  6. Coral Reef
  7. 神の摂理に挑む者たち
  8. Bloodstained Roses
  9. Rogus
  10. Luminous Flower
  11. Adolescencia
  12. Woman of Ireland
CDの帯には「超絶技巧アコースティック・ヒーリングミュージック」という矛盾しているような気がしないでもないたたき文句が打たれており、ジャケットデザインもなんか牧歌的でありながら不気味さをも感じされる、素晴らしくプログレっぽいものになっています。
クレジットされているメンバーはヴァイオリンに夏から参加の伊藤恭子さん、クラリネット他リコーダー等がかおりんこと筒井香織さん。光速運指の超絶技巧ピアニスト川越好博さん、そしてギターが大山ヨウ様。つまり夏の沼袋のライヴと同じですが、あくまでもこれは現メンバーということで、実際のレコーディングは、基本的にみさりんこと北辻みささんがヴァイオリンを弾いているようですね。
ライヴよりレコーディング重視の北辻さんらしく、楽曲本来の持つキャラを活かしきった非の打ち所の無いパーフェクトな演奏を聞かせてくれます。ライヴでのみさりんは、どの曲を演るときも、聴く側にまで極限の緊張感を強いるようなテンションの高さがあるんですが、レコーディングでは見事に曲のキャラに合わせてそのテンションをコントロールしていますねえ。

以下、各曲ごとにぐだぐだと感想を・・・
一曲目は最近のライヴでもよく演奏されていた曲で、川越さんの穏やかなピアノによる導入に始まり、四人による、比較的穏やかですがそれなりに緩急のあるアンサンブルが続く曲。チェンバーロックというより、むしろ「ロック」が外れた「チェンバー・ミュージック」そのものでありながらも、メロディラインといくつかのブレイクが大山ミュージックを強く感じさせる、メジャーデビューアルバムの一曲目に「名刺代わり」として(適度に)一発カマすのには最適と思えるものです。
二曲目、NTT東日本のLモード(あーそんなのあったよね!懐かし!てか死規格だな、都電はE電!とかと同じ、いやちょっと違うか)のCMソングとして30秒の曲として作ったもので、彼ら(というか旧アストゥーリアス時代)の代表曲の一つ『Ryu-Hyo(流氷)』をイメージさせる穏やかな「癒し系」と呼ぶに相応しいメロディ、この序盤のメロディがCMに使われた部分ですが、これがライヴの度にどんどん長くなり、所謂プログレ色が強まっていった結果がこのアルバムに収録されているヴァージョンです。俺個人としては、この曲はアコアスのベストチューンですから、これがアルバム収録されたことが一番嬉しいですねえ
三曲目、「べにこう」と読みます。これは吉祥寺スターパインズカフェでの、北辻・藤本のヴァイオリニストのダブルキャストでのライヴのときにはヴァイオリンとピアノだけのデュオで聞かせてくれた曲ですが、なんと今回びっくりのヴォーカルチューン。さすがにメジャーレーベルからのリリースということで、一曲くらいヴォーカル入りもなくちゃ!みたいなことをヨウさまが書いていますがね、それならもうちょっとこう、一般的に知名度の高い人を使ってるのかと思ったら同じゲーム音楽村(もしくはアニソン村)の住民いとうかなこですかそうでつか。
四曲目は沼袋のプログレ祭でも演った曲。かなり速い曲で、生ヴァイオリンもクラリネットも、温かみのある穏やかな音を出す楽器、というイメージとは正反対の、スピーディかつクールで実にかっこいい演奏を聴かせてくれます。ヴォーカルチューンとか入れて一般受けを狙うのはいいですが、こんな曲を堂々と収録してちゃ努力が無駄になるというか、これこそがファンの求めるものではあるんですが。とにかくかっこいいです。まさにチェンバーロックで、これをチェンバーロックと言わずして何をチェンバーロックというんだ、という。
五曲目はクラシックの名曲を繋げたメドレー。かなり笑えるアレンジに仕上がっています。このままライヴで聴いたら手を叩いて笑うところですか。去年の夏に大阪で見た高円寺百景の「クラシック・メドレー」を思い出しましたよ。クラシックのカバーとしてはアレに匹敵する「バンドの持つ特色を活かしきった選曲とアレンジ」ですよこれ。いや生来「生真面目」が服着てステージでギター弾いてるような大山さんが、果たして聴く側に「笑い」を期待したのかどうか甚だ怪しいところではありますが、もう実に彼ららしいアレンジと選曲に、俺は勝手に大笑いしています。ちなみにここでもメジャーレーベル発売を意識したのか、今年の2月に荒川静香で一躍有名になったプッチーニの『トゥーランドット』で締め括られます。
六曲目は、ちょっとした箸休めともいうような穏やかな曲です。この曲などを聴くと、「癒し系プログレ」という呼び方もむべなるかな、という気がします。なによりもかおりんの息継(ry
    _, ,_  パーン
 ( ‘д‘)
  ⊂彡☆))Д´)
七曲目は、かつて「Tempters of Providence」とも呼ばれていた、これもライヴではお馴染みの名曲で、かおりんのクラリネットとみさりんのヴァイオリンによるダークでハードなフレーズの応酬はこのアルバムの白眉です。
八曲目は多分俺はライヴでも聞いたことがない曲。ある意味アストゥーリアスの世界観とちょっと離れた、かなりヴァラエティに富んだアレンジで飽きさせませんが、逆にアレンジの楽しさで聞かせるだけで、楽曲本来の持つパワー的にはこのアルバム中で一番弱いという印象。
九曲目は、キング時代の旧アストゥーリアスの代表曲の一つでもあるローガス。名曲ですがこれをアコースティック編成用にアレンジするのはかなり難産だったようで、彼らのサイトにある過去のレポート群を読むと、この形になるまでにかなり四苦八苦した様子が窺い知れます。とはいえ、出来上がったのは見事なまでにアコースティックでありながらロックしており、これも国産チェンバーロックの代表的楽曲の一つと言っていいでしょう。
十曲目は、吉祥寺スターパインズカフェでのライヴでもアイリッシュ・ハープの坂上真清を加えて演奏された曲。今回アルバムにも参加し、アイリッシュ・ハープの独特の音色を聞かせてくれます。楽曲も坂上さんをフィーチャーし、かなりケルト色の強いものになっています。
十一曲目は、前作ミニ・アルバム『Bird Eyes View』一曲目に収録されていた、アコアスの代名詞とも言える名曲。今回、新録した訳ではなさそうですが、新たにミックスダウンし直し、メジャーレーベルから再度世に問う、といった感じでしょうか。いや名曲だわこれは何度聴いても。新ミックスは、やっぱり名のあるエンジニアがやったからか、若干音の奥行きが深まった感じがします。
最後の曲は、またまたケルト色が強いというか、100%ケルティック・トラッドです。ゲーソンの女王いとうかなこが再度参加し、スキャットを聞かせますが、これだけはヨウ様の「ほれ、こんなんもやろうと思えばできます」的なものを感じるのは俺だけかね?まあボーナス・トラックみたいなものと思いましょう。

とまあ、既発曲・未発表曲・新曲を交えた60分超のフルレンス・アルバム。ライヴを見るたびに新作アルバムが待ち遠しかったファンにとっては、砂漠のオアシス状態ですね。えぇ、iPod nanoに入れて聴きまくりですよ。また晩秋の寒空に合うんですよこれが。レコ発ライヴも行きたかったなあ。レコ発ツアーってことで広島に来ねぇかなあ。来ねぇだろぅなあ。あああ。てか来てくだちいおながいしますm(_ _)m

<追>
一部、某所よりのご要請に基づき表現を削除及び改変しますた。

「なまぜみ」と読むんだそうです。

生蝉 CICALA-MVTA LIVE 2006家から程近い場所に、@nima(これで強引に「アニマ」と読ませます)というショットバーがあります。
このお店は、所謂貧乏バー若者向けのショットバーで、その営業形態から、本当はお店の雰囲気はもっと騒々しい賑やかな感じになってもいいと思うんですが、そこはそれ、大変穏やかなマスター(※穏やかなのをいいことに好き放題書いとるがなw)の人柄もあって、業態や客層に関らず、かなり落ち着いたBARになっています。
何よりも、店に流れる音楽が、これもマスターの趣味性を大きく反映して、フリー以前のジャズがメイン、あとはコンテンポラリーなボサとか、もっと世俗的なのは、まぁよくてAORとか、そのあたりばかりなのも、店の雰囲気を落ち着いたものにしている大きな要因でしょう。

その@nimaで、先日、飲んでいた時のこと。
今年の9月に行なわれた「東京JAZZ」がNHK BSで放送されていましたが、何人かのお客さんとお店のプロジェクターでそれを見ていたら、いきなり渋さ知らズオーケストラが出てきました。
いやー、確かに渋さを分類するとしたらジャズですよ、ジャズ。
でも、この店に合うジャズじゃないでしょ、こういう基地外ジャズは。てか、そもそも伝統と格式を誇る(いやよく考えたら伝統も格式もあんまりねぇな)東京JAZZに、渋さなんて出る時代ですか。
そういえば渋さ、とうとうエイベックスからメジャーデビューしちゃったね、ベスト盤だけど。いや関係ないけど。

で本題。
吉田達也のような、特異な才能に恵まれた人が参加するバンドは、

  1. リーダーバンドであり自身が殆どの作曲を手がけている
  2. 他のリーダーに彼自身の色々な腕を買われ参加しているバンド
に大きく分類されるかと思いますが、シカラムータは後者にあたりますね。いや吉田達也側から見て、の話ですが。

元は「大熊亘ユニット」であるこのバンドは、基本はジャズですが、一言で「ジャズ」と言ってしまうと、大きな誤解を招いてしまう音ですね。
ジャズ+チンドン+変拍子+ハードコア、とでもいうような音で、まあつまりは一言で言うと「基地外ジャズ」、で片付いてしまうところは、渋さと似てるような似てないような。

そのシカラムータの新作は、今年の春に行なわれたツアーのライヴ・レコーディングです。
こっち系(どっちだよ!)では、吉田さん以外に、ヴァイオリン他で太田惠資さん、アコーディオンで佐藤芳明さん。そういえば太田さんは渋さと兼務ですね。

全11曲中、カバーが3曲、トラッド2曲。あとの6曲のうち、2曲がなんと吉田作曲。吉田さん以外のメンバーが作曲クレジットされていないところからも、本来「大熊ユニット」であるこのバンドで、ヨッシーの存在感がかなり大きくなっていることが窺い知れます。
一曲目からいきなり磨崖仏ワールド全開みたいな「HERAKLION」。各メンバーの雄叫びにも似たイントロから、大熊さんのクラリネットに導かれるリズミカルなチンドン。でも結局、無茶苦茶な変拍子。笑うしかない。
二曲目「 プレセンテ!(その後のレクイエム)」、三曲目「地中山脈」は、微妙に哀愁を帯びた、日本のストリート感覚溢れるメロディがシカラムータらしくて素敵です。
四曲目「スカラベマーチ」は、シンプルなヂンタというかチンドンのリズムから、徐々にハードコアなリズムへ変化していくあたりは、ただのチンドンバンドでもなければただのハードコアヂャズでもない、まさにシカラムータならではの世界が展開されます。
五曲目、メロウな「ソラミレバ」で暫しの安らぎを得たかと思えば、六曲目、吉田作曲「STARA PLANINA」。個人的にはこのアルバムの白眉ですね。新曲群が従来のシカラムータらしいサウンドなのに対して、既発曲の中で敢えてこの曲を入れてくるあたり、ヨッシーの存在感が(略
強烈な変拍子、ハードコア・ビートですが、決してシリアスになりすぎず、必ず「笑い」の要素を忘れずに入れてくるところはシカラムータのシカラムータたる所以でもあり、俺が好きな所以でもあります。

後半は「不屈の民」「平和に生きる権利」「ターキッシュ・ダンス」、そしてシカラムータのライヴといえば「アイラー・メドレー」。最後、アンコールは「好きになってごめんなさい」。
このあたりはもう、シカラムータの定番中の定番とも言える曲群ですね。

総じて、単なる基地外ジャズではなく、メッセージ色の強いサウンドを、しかも踊れて笑えるセンスでもって力強く聴かせてしまう、いつものシカラムータのライヴを、1枚のCDに美味しく織り込んだ名盤です。
ただ、聴けば聴くほどライヴを見たくなりますね。そういう意味では聴けば聴くほどイライラする・・・。

今回はDVDです。
このDVDのライヴは、吉祥寺MANDA-RA IIで、2005年の春に行なわれたもので、俺にとっては2度目(にして現在のところ最後)のキキオンでした。

彼女たちを最初に見たのは、2004年のPoseidonレコード主催の、『POSEIDON AQUA』というアコースティックミュージックのイベントでした。
実はアコースティック・アストゥーリアスも、このイベントがライヴ初体験でしたし、exiteブログ方面で時々お邪魔している『~猫と提琴~Fiddler's muttering』のヴァイオリニスト、キョウコさんの演奏を聴いたのもこの時がはじめてでした(っていうか『~猫と提琴~Fiddler's muttering』の管理人があの時のヴァイオリニストだった、って気付いたのは随分後になってからの話ですが)。
今にして思えば『POSEIDON AQUA』は出会いの多いイベントだった訳で・・・

キキオンは、小熊英二さんのアコースティックギターと佐々木絵実さんのアコーディオン、そして十時由紀子さんの唯一無二の個性的ヴォーカルが中心となり、さらに三人がライヴではそれぞれ複数の楽器を操りつつ演奏を進める、というスタイルのバンド?ですが、音的には、ジャンル分けが大好きな俺でも、ちょっとジャンル分け不能な音です。
ちなみに「音楽にジャンル分けなんて不要だ」という人もいますが、じゃそいつの家のCDラックはどういう並びになってるのか興味津々ですが・・・ってそんなことはどうでもよくて、キキオンです。

Home / THE CORRSちょっと変な音楽の話ばかり続いているので、ここらで普通のポップバンドの話を・・・

自分は、こと洋楽に関しては、基本的に古いというか、ベテランのミュージシャンの作品が大好きです。
そりゃ80年代に人生で最も多感な時期を過ごしたもんですから、古いのは仕方ないとしても、それにしてもちょっと趣味が古いんじゃないか、とも言われますが、そんな中で、比較的新しいというか、ほとんど新人バンドというイメージで捉えていたコアーズ
でも、よく考えてみたら、もう彼女達も10年選手ですねー。
アンドレアは昔も今も、とってもかわいいですけどね。

この作品は昨年の秋口にリリースされており、今になって何でこれについて書こうと思ったかというと、決してB※さんのようにアルバムのリリースに気付かなかった訳ではなくてw、晩秋にリリースされた彼女達の新しいDVDを最近見たことがきっかけです。
というわけで、東京行脚のエントリを中断して、これを書いている訳ですが・・・

彼女達はデビューから大好きなバンドで、95年に出たファーストアルバムを、当時、難波のタワーレコードの試聴コーナーで聴いて即買いしちゃいました。
その数年前、心斎橋に「マーフィーズ」というアイリッシュパブがありまして(今もあって、なんか日本最古のアイリッシュ・パブらしいです)、ひょんなことからそこに入って飲んだギネスビールにハマってしまい、それ以降アイルランドの文化・政治・音楽に興味をもっていたこと、それと当時はデヴィッド・フォスターという人に、それなりの信頼を置いていた(ま、今でもですが)こともあり、バンドのスペック的に興味をそそられるものがあったことも事実ですが、何より音を聴いて、まいりました。
そのアイルランドのトラッド色と、フォスター御大の持つソフィスティケイトされたコンテンポラリーな色のブレンド具合の絶妙さ。
シン・リジィが、アイリッシュ・トラッドとハードロックの幸福な出会いだとしたら、コアーズは、アイリッシュ・トラッドとコンテンポラリー・ポップ、もしくはチャート・オリエンテッドなポップの幸福な出会いとでも言いますかー・・・

イギリスのポンプ・ロック・ムーヴメントについては、今以てその定義を明確に言葉で表現することができません。
尤も、ロックのジャンルに関しては、ジャズやクラシックのように学術的な探求が広く行われている訳ではありませんので、ポンプに限らず、他のジャンルも似たようなものですが。
ただ、そのムーヴメント(もしくはジャンル)に属するバンド名を列挙することで、それらの言葉の定義に代えるというのが一般的でしょう。

で、ポンプ・ロック(水を汲み上げる「PUMP」ではなく、綴りは「POMP」です)というジャンルに属するバンドの代表格として、誰もが挙げるのがMarillionだと思うのですが、凡そその次に名前が出てくるのが、このPENDRAGONです。

80年代、イギリスのロックシーンにパンク~ニューウェーヴの嵐が吹き荒れていた頃、それまでのイギリスのハードロック/ヘヴィ・メタルのフォーマットを踏襲した、全く新世代のバンド群が出てきて、それらを総称してNWOBHM(New Wave Of British Hevy Metal)と呼ぶならわしがあります。(なおNWOBHMについての詳細はこちらのWEBページが詳しいのでご参考までに)
まぁ、時期的に考えても、このNWOBHMの「プログレ版」、つまりオールドウェーヴたる「ハードロック/ヘヴィ・メタル」に対して、ニューウェーヴとしてのNWOBHM、同じくオールドウェーヴたる「プログレッシヴ・ロック」に対するニューウェーヴとしてのポンプ・ロック、と考えるのが簡単でしょう。
ただ、ムーヴメントとしてのNWOBHMと「ポンプ・ロック」が明確に違うのは、NWOBHMが単に「時期的に同じ頃に出てきた新世代ハードロックバンド」に対する総称で、個別のバンドの音がそれぞれ大きく異なるものであるのに対し、ポンプ勢は、そのスタート地点に於いては、各バンドの作り出す音に一定の法則性が見出されていたようです。

一言で言うと、

「ジェネシス・フォロワー」
ということになるんでしょうか。

ここで言うGenesisとは、彼らの初期の傑作『侵入』から、スティーヴ・ハケット脱退直前の『静寂の嵐』あたりまでを指します。
ただ、筆者は個人的には、それらの中でもとりわけ『月影の騎士』『トリック・オブ・ザ・テイル』『静寂の嵐』の三枚を聴くとはっきり感じる音をお手本にしたもの、という風に考えていますが。

ポンプ・ロックを日本語で言うと「華やかなロック」ですが、pompという単語には、「華やか」という意味と同時に、「その華やかさは虚構のものであり見た目だけの虚飾だ」という意味もあります。 オリジネイターたるGenesisが持っているもの以上に「華やかな(一歩間違えるとクサい)メロディ」、とりわけ歌メロのポップさと、本家以上に殊更にシンフォニックに盛り上がるアレンジなどから、このポンプという名称が、半ば自虐的というか、蔑称にも似たニュアンスを持ちつつ使われているとも言われます。
ただ、ムーヴメントのスタート時点では、各バンドの音像が似通ったものであったとしても、以降、年数を重ねて活動していくに伴い、泡沫バンドは淘汰され、結果生き残ってその後長く活動を続けるバンドは、NWOBHMと同様に、それぞれのバンドの個性を際立たせていくことになります。
believe
で、Pendragon。
70年代末期に結成されて以降、20年以上の長きに亘り活動を継続しています。
80年代は、ポンプ・ロックの枠内に収めるには、ちょっと湿り気が無さ過ぎるとも思えるような明るいポップソングも残していますが、90年代以降は
「あぁ、これが彼らの本当にやりたかった音なんだ」
と思えるような、憂いと湿りを帯びつつも、時にポップ、時に大仰な曲作りをしています。
本作もその流れに則ったもので、90年代以降の彼等が好きな人は、何の躊躇も無く購入しても間違いのない、高水準をクリアしたものとなっていますが、これまでと若干音作りの方向性を変えてきているような感じもします。

  1. Believe
  2. No Place For The Innocent
  3. The Wisdom Of Solomon
  4. The Wishing Well - I. For Your Journey
  5. The Wishing Well - II. Sou' By Sou' West
  6. The Wishing Well - III. We Talked
  7. The Wishing Well - IV. Two Roads
  8. Learning Curve
  9. The Edge Of The World
一曲目、アルバム全体のプロローグといえる曲ですが、彼らとしては若干ダークさが強いSEと、物憂げな女性スキャットから始まります。
二曲目は彼らお得意の、キャッチーで明るい強力なポップチューンです。
古くはサードアルバムのKowTowの「Saved By You」あたりから、こういうポップチューンも彼らの特徴で、90年代に入りファンタジック/シンフォニック路線に走ってからもアルバムに一曲はこういうパワーポップとも言える曲が入っています。
三曲目以降、再びダークな感じに戻ります。
どうも、近作にあったファンタジックな風味を薄め、ダークな音使いが目立ちます。
また、使われているサウンドやメロディ、そして女性コーラスなどが、彼らにしては珍しく、ケルト風味をも感じさせます。
「ダーク」と「ケルト風味」は、この作品のコンセプトの一つだったのかな、とも思います。
ただ、アコースティックでシンプルな印象で始まりつつも、途中で楽曲がシンフォニックにどんどん盛り上がっていくあたりは、彼らの真骨頂ともいえましょう。
四曲目から七曲目までは、20分を超える大作組曲。ここでもメロディの良さは健在なれど、若干アコースティックな香りを感じさせてくれます。十年一日のごとく、同じようなメロディアス・シンフォニック・ロックばっかりやっているわけにもいかない、というところでしょうか。
無論、20分以上の大作を、導入~展開~大盛り上がり大会~静かに幕、という見事なアレンジで聴かせ切るのは彼らならではですが。
五曲目は6分程度の、大作とまではいかないものの、これもダークで静かに始まり、ヘヴィに移行、4分過ぎからシンフォニックで大仰なエレキギターのソロを交えつつ、これぞニック・バレット節全開、というような曲展開。アルバム中で最も彼ららしい曲と言えましょう。
王道の五曲目の次の六曲目は、アルバム全体を締めくくるエピローグ。
これも8分程度の曲ですが、静~静~動~静 という楽曲展開で、最後は静かに締めくくられます。

Kinoといい彼らといい、またこのバンドのキーボードを担当しているクライヴ・ノーランのリーダーバンドであるArenaといい、いまやシーンの動静と全く無関係に、自らの個性を際立たせた作品群を地道に(みんな寡作だけどね)リリースし続けるミュージシャン達に幸あれ。

Picture / KINO

KINO/Picture
It Bitesの旧作が紙ジャケで再発されるという情報に基づき、It Bites貯金をしていたんですが、あっけなく発売延期→発売未定になってしまいました orz
てなわけで、かわりにと言ったら何ですが、前回の上京時に、前から気になっていたIt Bitesのメンバーも参加しているKINOのアルバムを購入しました。
間に合わせというか埋め草に購入したつもりだったんですが、これ、実にいいです。
ドイツ語で「映画」を意味するバンド名の彼ら、メンバーは、It Bitesのジョン・ベック(key)、ジョン・ウェットンのバックでギターを弾き、Arenaのギタリストでもあるジョン・ミッチェル(vo/g)。ベースはMarillionのピート・トレワヴァス、ドラムはPorcupine Treeのクリス・マイトランド。
で、ツアーではドラムがIt BitesのBob Daltonに変わっています。
いわば、ポンプロックムーブメント以降の英国プログレ系バンドのメンバーの組み合わせをいろいろ変えてできたバンドですね。

音の方もまさにそんな感じで、彼らの持ち味である歌メロの耳障りの良さと、80年代的な音作り。
あ、80年代的といっても、80年代に流行していた音(例えばパワー・ステーション系のオーバープロデュースな音とか)ではなく、「80年代に時代遅れと嗤われていた音」とでも言いますか。
要するにASIAとか、GTRとかのイメージですね。
メロディの良さではASIAが近いような気もします。ヴォーカルのジョン・ミッチェルも、ある部分ではウェットンにそっくりです。
ただ、ASIAが持っていた、ある種の臭さがない。脂ぎっていない。
ASIAのあのくどさ、臭さは、多分にジェフ・ダウンズの作るメロディとアレンジ、キーボードの音色などに因る部分が大きかったと思うんですが、KINOのキーボードのジョン・ベックは、It Bitesを聴けば分かるとおり、もっとトニー・バンクス的ていうか、Genesis的な「純イギリス的」な湿っぽさを持っています。
その湿っぽさ、曇り空のイメージがアルバム全体を覆っていますね。

情景に例えていうなら、だだっ広い野原(荒野というよりも野原)、映画『ブレイブハート』にでも出てきそうな野原ですね。で、空は厚い雲に覆われて、風は少々強めに吹いている。
そんな中でメンバーが誰も聴く人がいないのに、プレイしている。
事実、彼らは時代に完全に取り残された人たちな訳ですが。

曲によってはものすごっくポップなんですが(というか大半がポップかな)、古臭いイギリスのロックの持つ、突き抜けられない穏やかなポップさ加減が、この季節、自転車で川べりを走りながら聴くのに実に適しています。
多分、これが国内発売された春先や夏に、これを買って聴いても、ここまでストライクじゃなかったかもですね。
この秋の愛聴盤の一枚です。

・・・で、It Bitesの紙ジャケは、いつ出るんでしょうかね。。。

タグ : プログレ KINO

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