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Rise Of Dark / MIKU,RIN & H@CHUNE featuring VOCALO FAMILY

 オリコンのウィークリーアルバムチャートでベスト10入りしたHMOに続く、ボーカロイドによる、ミュージシャンリスペクトシリーズ?第二弾。
 初音ミク(kbd/vo)、鏡音リン(b/g/vo)、はちゅね(ds)のトリオによるユニット(という設定の、いーえるPによる多重録音ユニット)です。

Rise Of Dark  初音ミク(というより「ボーカロイド」)という発明がアマチュア音楽制作者たち(とりわけ宅録DTM派)にもたらした影響の大きさは、いまや、初音ミクを知らない人たちや、先行しているパブリック・イメージだけを捉えて毛嫌いしている人たちの考え及ばないレベルにまで達している、と言えましょう。

 このユニットの音楽性を一言で言うと、Emerson,Lake & Palmer(EL&P)のコピーです。個々の楽曲の完成度は相当高く、さらに、キーボードのアレンジや音色の選び方における「エマーソン度合い」も、かなりのハイレベルです。
 ただ、どんなにレベルが高くても、こういった種類の、「死に絶えたジャンル」の音楽が日の目を見ることは、2010年を目前に控えた今の日本では、本来は起こり得なかったことで、自費出版に近いインディペンデントでも、こうしてCDをリリースすることができるような状況ではなかった筈です。
 それが、歌の部分にボーカロイドを使った、というだけで、一気にネット、特にニコニコ動画周辺で注目され、ひいてはCDリリースにも結びつくという連鎖を引き起こしている訳です。既にこの現象は最初に例として挙げたHMOで実証されていましたが(あちらはインディーズからスタートして、メジャーデビュー、さらにオリコントップ10入りまでしてしまいました)「プログレ」という、一般的には死滅したと思われているジャンルでこれをやってしまったという、その発想はなかったわ。

 各曲のタイトルを見ると、その頭の悪そうな大袈裟さがまた、EL&Pそのものという感じで笑えます。

  1. 闇の胎動
  2. 私たちのシンフォニー
  3. 混沌の使者
  4. 闇の吼
  5. 再起動
  6. 護る者達
  7. 蘇る世界
  8. メリーゴーランドは止まらない
  9. One and Only Love
  10. Heart Breaker
  11. GravePost~君の居る場所~
  12. スキすきニコCHU!
  13. おまいのハートを舗装してあげる
  14. 逆襲のロードローラー
  15. エピローグ
 1から7は組曲形式、8以降は歌モノのポップチューンです。
 前半を占める組曲は、アレンジがものすごいシンフォニック調。さらに、至る所に顔を出すシンセソロのフレーズがエマーソン節全開で、近年のエマー尊師の作品、たとえばソロアルバムだの、マーク・ボニーラとのコラボのバンド名義の作品だのといったあたりでも、ここまで「エマーソン」を感じさせてくれるものはないというくらいの濃さです。ラグタイムピアノやハモンドの使い方、ムーグ的アナログシンセ風の音色やヤマハの初期のポリシンセ風音色など、やたらエマーソン的な音使いも併せて、EL&P好きが聞くと、いろいろなところでにやにや笑いが止まらなくなること請け合いです。
 もちろんそれだけではなく、ミクやリン・レン、ルカなどのボカロのキャラ設定を活かした(主に歌詞やセリフの面での)お遊びもちゃんと織り込まれており、そのあたりはボカロマニアの人たちへの目配りも忘れていません。
 逆に言うとつまりは、この作品を、作家の意図通り十分に楽しむためには、ELPマニアであり、かつボカロマニアでもあらねばならない、という、考えてみたらえらくハードル高い作品だなおいw、というものでもあります。


Liberator ~解放者~ / Tiny Symphony

解放者 初音ミク(kbd/vo)、鏡音リン(b/g/vo)、はちゅね(ds)のトリオによるユニット(という設定の、いーえるP氏による一人多重録音ユニット)の二枚目のアルバムです。
 ジャケットにはショルダーキーボードを弾くミク、はいいとして、そのバックにはナイフが刺さったオルガン、と、今回もトばしていますww。
 音のほうですが、前作で超絶エマーソンっぷりを見せつけ、今回もさぞや・・・と思いきや、今作は意外にも短い楽曲を揃えてきました。短い曲とはいえ、しょっぱなの曲のバッハの使い方など、ニヤニヤさせられっぱなしなんですがね。
 基本的に、今回はミクを初めとして、鏡音一家ルカがくっぽいどメグッポイドなどの各ボーカロイドに、それぞれ独自のキャラ設定を活かしたポップな楽曲(とはいえ、バックのインストは相変わらずハモンドぐりぐり、ムーグぎゅわぎゅわ、な感じだったり)を歌わせるという『歌モノ』的な趣向です。

 ここで言う「独自のキャラ設定」というのは、コンピュータ・ソフトウェア製品としてのボーカロイドが世に出された時にソフト制作サイドが設定したもの以外に、ネット上で後々にユーザーやファンによって付加され、それが定着したものも含みます。
 この、
「ネット上で後々にユーザーやファンによって付加され、それが定着したもの」
 これこそが、このボーカロイドブームの根幹を成す重要要素なんだろうな、という気がします。
 たとえば、初音ミクがなぜネギを持っているのか、などといったことは、もともと、ソフトウェア制作サイドが作った設定には欠片もありません。これなどはユーザーやファンといったネットコミュニティ住民たちが寄ってたかって後付けで作って定着させた設定ですが、今となっては商業ベースに乗って発売されるフィギュアなどでも「ミクがネギを持っている」というのは当たり前のことになっています。
 初音ミクの開発・発売元であるクリプトン・フューチャー・メディアが、二次創作を含めて、そういう部分に寛容な姿勢を崩さなかったことが、ネットコミュニティに多く存在する音楽を作ったりイラストを描いたりする人たちに広く受け入れられ、まさにWEB2.0を象徴するかのようなブームを惹起したと言えるのではないでしょうか。

  1. 解放者 (inc.Toccata And Fugue, J.S.Bach)
  2. レトロスペクト feat.初音ミク
  3. 刻印 feat.巡音ルカ
  4. チャールストン・ドリーム feat.初音ミク
  5. 偽りのエゴイスト feat.がくっぽいど
  6. ロケット☆ブースター feat.メグッポイド
  7. 音像サナトリウム feat.初音ミク
  8. 深紅の月 feat.初音ミク・鏡音リン
  9. おまいのハートを舗装してあげるッ! feat.鏡音リン ~ Bonus Track (U-ji Remix)
 6.や7.みたいに、単なるテクノポップじゃん!みたいなのもありますが、ポップで小粒な作品ばかりだと思ったら突然8.みたいなエマーソン節が全開の曲も出てきますのでご安心を。なんかラブビーチ聴いてたらとつぜんキャナリオが流れてきて我に返る、みたいな。
 二枚目にしてラブビーチ化かよ、という突っ込みはなしでw

 なお、二枚ともに現時点では流通ルートが限られており、目白にあるプログレッシヴ・ロック専門店のWORLD DISQUE、その他メロンブックスやらとらのあななどで販売委託を受けているようです。
 さらに、2009年12月29日(火)~31日(木)に東京・有明の東京ビッグサイトで開催される、お馴染み世界最大の同人即売会コミックマーケット77、通称「冬コミ」でも、HMverses6.9なるサークルが販売委託を受けて現地ブースで販売するようです。
 また、コミケ会場と目白WORLD DISQUE委託販売分に限って、Official Bootleg ~ Pictures At TinySymphonic Worldと銘打った小冊子がオマケでついてきますが、この中身がまたEL&Pが好きな人たちの琴線に触れるようなイラストが多く収録されています。

 まぁ、この作品によだれが出てくるようなまっとうな大人世代(まっとうな?)なら、無難に目白で買いましょうねぇ。

 折しもELP再結成のニュースが世を騒がせている(?)今日この頃ですが、エマー尊師も見苦しく太った豚なぞにヴォーカルを任せるのではなく、いっそボーカロイドを使っての新作などいかがでしょうか、とか。ははは。

Tinysymphony HMverses6.9

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タグ : Tiny_Symphony いーえるP プログレ ボーカロイド 初音ミク CGM キース・エマーソン

広島ではバルト11の中の1スクリーンにおいての、ごく短期間の上映(普通に2週間、その後一日一回夕方の上映が一週間)で、世間的に盛り上がってきて新聞記事などでも取り上げられはじめた頃には上映が終了していたという『時をかける少女』
公開第一週は劇場内がガラガラでしたが、公開第二週にもう一度行くと超満員、そしてその後間もなく上映終了という、映画館にとっては笑うに笑えない公開状況だった訳ですが、どうやら配給元もここまでのヒットは予想しておらず、
「ヲタ向けに劇場で短期間公開した後はDVDで稼ぐさ」
程度の認識で、上映用のフィルムも少量しか用意しておらず、拡大公開しようにも物理的に不可能だったということのようです。
さて、blogを始めとしてネット上での大盛り上がりも一段落してきたところで、ようやく広島にもフィルムが戻ってくるようです!

時をかける少女('06日/1h39/カラー/ビスタ/デジタル/角川ヘラルド映画)
11月5日(日)~10日(金) サロンシネマ (鷹野橋)

たったの6日間だけとはいえ、これは朗報です。
おそらくこれを逃すと、もう広島ではスクリーンで見られないと思われます。広島在住で未見の人は見に行きましょう。既に見た人ももう一度、いや何度でも行きましょう。

と、それはともかくとして、国内のweb上での高評価にとどまらず、一般紙(誌)や映画専門誌での高評価、さらにシッチェス映画祭に出品されてアニメーション部門最優秀長編作品賞を受賞したりと、当初の配給会社の思惑を越えて、この作品、どんどん一人歩きしているようです。

ときかけWebマーケティングの有効な手段の一つとして、blogを使ったマーケティングが注目されて随分経ちます。
blogマーケティングについてはIT mediaこのあたりに簡単にまとめられていますのでご参考までに。
俺は以前に勤務先でインハウスのコンタクトセンター立ち上げに関った際に、所謂CRM(エリック・コマスがやっているマネジメント会社のことではない)に関しても一通りの学習はしたつもりです。
その時の実感を踏まえると(その頃はblogマーケティングだのCGMだのなんて話はありませんでしたが)webとかネットという手段を使って顧客層の開拓を図ったり、既存顧客とのリレーションを保ち続けるなんていうのは、俺自身は、幻想に過ぎないのではないか、と。
だから先にリンクしたIT mediaに書かれているようなマーケティング手法も同様であろう、と思ってたんですが・・・この『時をかける少女』などは、一見するとblogマーケティングが成功した典型とも言えます。
実際、公式サイト以外に「公式blog」を作り、トラックバックは基本的にご自由にどうぞ、ってな感じでやっていますし、俺自身のこのblogも、『時かけ』のエントリに対してついたトラックバックの数も多く、また、公開当時は『時かけ』関連の検索ワードでここに来る人も多かったようです。
そのトラバを辿ったり、そのまた先のblogへ行ったりして『時かけ』関連のレビューを読むと、まさにCGMを使ったマーケティングの成功例としての典型とも言える状況が生じているのが判ります。

最初に『時かけ』を取り上げたこのエントリでも書きましたが、配給元の角川ヘラルドは、最初はこの映画を、コアなアニメオタク、所謂「アニヲタ」だけをしっかり取り込んで、堅実に儲けようとしていた節が伺えます。
何よりも、オフィシャルサイトに寄せられた推薦文を書いている人たちが、

村上隆
現代芸術家。作風のルーツはアニメにあり、と自ら公言し、実際、その作品は、秋葉原中央通沿いの小汚い雑居ビルの中にショップを構えるヲタ系ショップで売られている美少女アニメ系フィギュアとどこがどう違うのか、芸術的にシロートの俺にはよくわからない。
乙一
気鋭の若手ミステリ作家であるが、自身そのルーツはラノベ(ライトノベル)にある、と明言。また実際デビューはラノベ系作家としてであった。
杉浦由美子
著書に『オタク女子研究-腐女子思想大系』がある。
樋口真嗣
『日本沈没』『ローレライ』の本編監督として名を下げつつあるが、特撮ヲタの聖典「平成ガメラ三部作」で、それまでの特撮とかSFX作品に見られなかった斬新な画作りを見せ、日本特撮界の寵児とされていた時代もあった。
押井守
『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』の監督として名を上げ、その後『機動警察パトレイバー』『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』などで、所謂ジャパニメーションの第一人者として国内はもとより、ジェイムス・キャメロンやマトリックスのウォシャウスキー兄弟など海外の第一線のクリエイター達にも大きな影響を与え続けているアニメーター/演出家。
と、こんな具合。どこをどう見ても、この面子が書いた推薦文が、まっとうな生活を送っている一般の人たちに広告的訴求力を発揮するとは思えません。
非ヲタの一般客なんて端から当てにせず、ひたすらアニヲタだけを取り込もう。いや典型的な「アキバ系アニヲタ」だけじゃなくて、池袋系腐女子群もしっかり取り込んで、ヲタ属性からきっちりお金を巻き上げましょう、という努力だけは痛いくらい感じましたがね。

ところが。

おそらくはYahoo movieのユーザーレビューで長期に亘って高得点を維持し続けたのが導火線となったと思われますが、公開から程なく、各都市で単館公開された劇場には、当初の予定になかった「一般の人たち」が押し寄せ、さらに観にいった人からの口コミもあり、遂には連日満員で入場を制限していたような状況が生まれた訳です。
公開が中学・高校の一学期終了前で、「学校での口コミ」が伝わりやすい時期だったこと、そしてその後に夏休みに入り、就学年齢の若い子たちが映画館に行きやすい状況になった、というのも要因として大きかったかもしれません。
同時期に公開されたジブリ『ゲド戦記』のように、テレビや出版を巻き込んだ、国家を挙げた夏の一大イベントでもやるかのようなキャンペーンなど一切やらずに(つまり宣伝費をほとんど掛けずに)こういう状況が生まれたことは、まさにCGMマーケティングの理想の公式に見事に則ったもの、と言ってもいいんでしょうが。。。
ただ、角川ヘラルドが当初からそういうマーケティング戦略を採っていたのか、というと、先に挙げた公式サイトの推薦文を見る限り、そして公開規模や用意した上映用フィルムの本数を見る限り、そうは思えません。
製作サイド・配給サイドが当初からCGMマーケティングを使おうとした訳ではない以上、厳密には「CGMマーケティングの成功例」とはいえないんではないでしょうか。せいぜい、「CGMマーケティングの可能性を否定しない材料」程度ではないかと思いますね。むしろ「CGMマーケティングは偶発的にしか成功し得ない」例、とも言えるかも。ってのは言いすぎか。

そもそも、俺を含むbloger達は、誰に頼まれて『時をかける少女』をプッシュしたわけでもありません。
作為的にCGMを使おうとしても、CGMに乗っかりそうな人たち(CGMの"C"、読み手であれ書き手であれ)は、巨大掲示板サイトやmixiなんかの活用により、メディアリテラシーが相当高くなっており、そういう作為的な盛り上げをしようとしても、作為の存在を漠然と読み取る力を持っている、と思うんですね。

ならば、何故、『時をかける少女』は(表層的に見て)CGMマーケティングの成功例たり得たのでしょうか?

結局は、作品(コンテンツ)そのものの質が、極めて高かったから、に他ならないでしょう。
延々長文を書き続けて導き出された結論が、至極当たり前のものであることに、書いている俺自身がうんざりしていますが、事実だからしょうがない。
だってそうでしょ。『時かけ』が素晴らしい映画だったからこそ、観にいった人達はYahoo movieで高得点をつけ、blogerや個人サイト製作者はこの作品を称える記事を書き、週末に映画にでも行こうと考えている人たちが周囲にいたらこの作品を薦め、結果として一般紙(誌)ですら無視できないような状況を生んだ、ということです。

製作サイドは、マーケティング戦略なんてこと以前に、質の高いコンテンツを作り出すことにこそ腐心すべきで、逆に言うと、良質のコンテンツさえあれば、変に宣伝戦略に凝らなくても、自動的にCGMマーケティングの仕組みが、そのコンテンツを世間に広めてくれるという時代になった、とも言えます。
そう考えると、巨大資本の下で製作される作品ではなく、むしろ、良質だけれども作って世に出すだけで精一杯、というような作品が、興行的に正当な結果を得る事ができるという、20世紀にはあまり起こり得なかったことが普通に有り得る、いい世の中になってきた、とも言えるかも。

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