時をかける少女

裏MotorsportsFlashback。
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広島ではバルト11の中の1スクリーンにおいての、ごく短期間の上映(普通に2週間、その後一日一回夕方の上映が一週間)で、世間的に盛り上がってきて新聞記事などでも取り上げられはじめた頃には上映が終了していたという『時をかける少女』
公開第一週は劇場内がガラガラでしたが、公開第二週にもう一度行くと超満員、そしてその後間もなく上映終了という、映画館にとっては笑うに笑えない公開状況だった訳ですが、どうやら配給元もここまでのヒットは予想しておらず、
「ヲタ向けに劇場で短期間公開した後はDVDで稼ぐさ」
程度の認識で、上映用のフィルムも少量しか用意しておらず、拡大公開しようにも物理的に不可能だったということのようです。
さて、blogを始めとしてネット上での大盛り上がりも一段落してきたところで、ようやく広島にもフィルムが戻ってくるようです!

時をかける少女('06日/1h39/カラー/ビスタ/デジタル/角川ヘラルド映画)
11月5日(日)~10日(金) サロンシネマ (鷹野橋)

たったの6日間だけとはいえ、これは朗報です。
おそらくこれを逃すと、もう広島ではスクリーンで見られないと思われます。広島在住で未見の人は見に行きましょう。既に見た人ももう一度、いや何度でも行きましょう。

と、それはともかくとして、国内のweb上での高評価にとどまらず、一般紙(誌)や映画専門誌での高評価、さらにシッチェス映画祭に出品されてアニメーション部門最優秀長編作品賞を受賞したりと、当初の配給会社の思惑を越えて、この作品、どんどん一人歩きしているようです。

ときかけWebマーケティングの有効な手段の一つとして、blogを使ったマーケティングが注目されて随分経ちます。
blogマーケティングについてはIT mediaこのあたりに簡単にまとめられていますのでご参考までに。
俺は以前に勤務先でインハウスのコンタクトセンター立ち上げに関った際に、所謂CRM(エリック・コマスがやっているマネジメント会社のことではない)に関しても一通りの学習はしたつもりです。
その時の実感を踏まえると(その頃はblogマーケティングだのCGMだのなんて話はありませんでしたが)webとかネットという手段を使って顧客層の開拓を図ったり、既存顧客とのリレーションを保ち続けるなんていうのは、俺自身は、幻想に過ぎないのではないか、と。
だから先にリンクしたIT mediaに書かれているようなマーケティング手法も同様であろう、と思ってたんですが・・・この『時をかける少女』などは、一見するとblogマーケティングが成功した典型とも言えます。
実際、公式サイト以外に「公式blog」を作り、トラックバックは基本的にご自由にどうぞ、ってな感じでやっていますし、俺自身のこのblogも、『時かけ』のエントリに対してついたトラックバックの数も多く、また、公開当時は『時かけ』関連の検索ワードでここに来る人も多かったようです。
そのトラバを辿ったり、そのまた先のblogへ行ったりして『時かけ』関連のレビューを読むと、まさにCGMを使ったマーケティングの成功例としての典型とも言える状況が生じているのが判ります。

最初に『時かけ』を取り上げたこのエントリでも書きましたが、配給元の角川ヘラルドは、最初はこの映画を、コアなアニメオタク、所謂「アニヲタ」だけをしっかり取り込んで、堅実に儲けようとしていた節が伺えます。
何よりも、オフィシャルサイトに寄せられた推薦文を書いている人たちが、

村上隆
現代芸術家。作風のルーツはアニメにあり、と自ら公言し、実際、その作品は、秋葉原中央通沿いの小汚い雑居ビルの中にショップを構えるヲタ系ショップで売られている美少女アニメ系フィギュアとどこがどう違うのか、芸術的にシロートの俺にはよくわからない。
乙一
気鋭の若手ミステリ作家であるが、自身そのルーツはラノベ(ライトノベル)にある、と明言。また実際デビューはラノベ系作家としてであった。
杉浦由美子
著書に『オタク女子研究-腐女子思想大系』がある。
樋口真嗣
『日本沈没』『ローレライ』の本編監督として名を下げつつあるが、特撮ヲタの聖典「平成ガメラ三部作」で、それまでの特撮とかSFX作品に見られなかった斬新な画作りを見せ、日本特撮界の寵児とされていた時代もあった。
押井守
『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』の監督として名を上げ、その後『機動警察パトレイバー』『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』などで、所謂ジャパニメーションの第一人者として国内はもとより、ジェイムス・キャメロンやマトリックスのウォシャウスキー兄弟など海外の第一線のクリエイター達にも大きな影響を与え続けているアニメーター/演出家。
と、こんな具合。どこをどう見ても、この面子が書いた推薦文が、まっとうな生活を送っている一般の人たちに広告的訴求力を発揮するとは思えません。
非ヲタの一般客なんて端から当てにせず、ひたすらアニヲタだけを取り込もう。いや典型的な「アキバ系アニヲタ」だけじゃなくて、池袋系腐女子群もしっかり取り込んで、ヲタ属性からきっちりお金を巻き上げましょう、という努力だけは痛いくらい感じましたがね。

ところが。

おそらくはYahoo movieのユーザーレビューで長期に亘って高得点を維持し続けたのが導火線となったと思われますが、公開から程なく、各都市で単館公開された劇場には、当初の予定になかった「一般の人たち」が押し寄せ、さらに観にいった人からの口コミもあり、遂には連日満員で入場を制限していたような状況が生まれた訳です。
公開が中学・高校の一学期終了前で、「学校での口コミ」が伝わりやすい時期だったこと、そしてその後に夏休みに入り、就学年齢の若い子たちが映画館に行きやすい状況になった、というのも要因として大きかったかもしれません。
同時期に公開されたジブリ『ゲド戦記』のように、テレビや出版を巻き込んだ、国家を挙げた夏の一大イベントでもやるかのようなキャンペーンなど一切やらずに(つまり宣伝費をほとんど掛けずに)こういう状況が生まれたことは、まさにCGMマーケティングの理想の公式に見事に則ったもの、と言ってもいいんでしょうが。。。
ただ、角川ヘラルドが当初からそういうマーケティング戦略を採っていたのか、というと、先に挙げた公式サイトの推薦文を見る限り、そして公開規模や用意した上映用フィルムの本数を見る限り、そうは思えません。
製作サイド・配給サイドが当初からCGMマーケティングを使おうとした訳ではない以上、厳密には「CGMマーケティングの成功例」とはいえないんではないでしょうか。せいぜい、「CGMマーケティングの可能性を否定しない材料」程度ではないかと思いますね。むしろ「CGMマーケティングは偶発的にしか成功し得ない」例、とも言えるかも。ってのは言いすぎか。

そもそも、俺を含むbloger達は、誰に頼まれて『時をかける少女』をプッシュしたわけでもありません。
作為的にCGMを使おうとしても、CGMに乗っかりそうな人たち(CGMの"C"、読み手であれ書き手であれ)は、巨大掲示板サイトやmixiなんかの活用により、メディアリテラシーが相当高くなっており、そういう作為的な盛り上げをしようとしても、作為の存在を漠然と読み取る力を持っている、と思うんですね。

ならば、何故、『時をかける少女』は(表層的に見て)CGMマーケティングの成功例たり得たのでしょうか?

結局は、作品(コンテンツ)そのものの質が、極めて高かったから、に他ならないでしょう。
延々長文を書き続けて導き出された結論が、至極当たり前のものであることに、書いている俺自身がうんざりしていますが、事実だからしょうがない。
だってそうでしょ。『時かけ』が素晴らしい映画だったからこそ、観にいった人達はYahoo movieで高得点をつけ、blogerや個人サイト製作者はこの作品を称える記事を書き、週末に映画にでも行こうと考えている人たちが周囲にいたらこの作品を薦め、結果として一般紙(誌)ですら無視できないような状況を生んだ、ということです。

製作サイドは、マーケティング戦略なんてこと以前に、質の高いコンテンツを作り出すことにこそ腐心すべきで、逆に言うと、良質のコンテンツさえあれば、変に宣伝戦略に凝らなくても、自動的にCGMマーケティングの仕組みが、そのコンテンツを世間に広めてくれるという時代になった、とも言えます。
そう考えると、巨大資本の下で製作される作品ではなく、むしろ、良質だけれども作って世に出すだけで精一杯、というような作品が、興行的に正当な結果を得る事ができるという、20世紀にはあまり起こり得なかったことが普通に有り得る、いい世の中になってきた、とも言えるかも。

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タグ : 日本映画 時をかける少女 CGM blog マーケティング

ネットで見つけた、良レビュー。

細田守監督映画「時をかける少女」 見えない先を走っていこう

(東目堂さんのサイト「SLEEPYDOG」より)

映画の中で何度か出てくる印象的なフレーズ「Time waits for no one」。
ストーンズの名曲のタイトルでもありますが、劇中ではこのフレーズが理科室(化学実験室?)の黒板に書かれており、その下に(゚Д゚)ハァ?が出てきますが・・・。

既に広島では公開終了しており、これを劇場で見たくても見られない訳です。
幸いにして自分は2度、劇場に足を運ぶことができましたが。
いや広島はまぁまだいいです。地方都市では、公開すらされていないところもある訳で、2週間なり3週間なり公開されただけでもまだマシ。
東京では新宿テアトルの大ヒットを受け、公開スクリーン数が拡大する傾向にあるようです。
とはいえ、いわゆる「夏映画」ですから、いずれは公開が終了します。
DVDになってからでいいや、とか思っている人!今ならまだ間に合います。これは劇場で見るべき映画です。

"Time waits for no one."
公開している間に観ましょう。

映画の出来については、今更ここでくどくど言うまでもないんですが。
これは普遍性を持った傑作映画です。リアルタイムで青春を過ごしている人だけではなく、年を取った自分(まあ所謂大林版世代とでもいいますか)でも十分に楽しめる普遍性を持った作品。それでいて、世界一眼が肥えている日本のアニメファン(=ヲタ)にも有無をも言わせぬ完成度。
ときかけ
既にYahooムービーを始めとする映画関係サイトや掲示板では、圧倒的な高評価が与えられており、個人的にもこの夏一番の傑作だと思います。いやこれは身内の身びいきとかそういうのではなく。
正直、映画を見る前までは、かなり心配でした。ジブリと日本テレビの圧倒的な物量宣伝に潰されるんじゃないの?とか。
実際、『ハウル』の細田降板があり、今回の公開時期バッティングですから、若い芽を摘むジブリと、それに対抗する角ヘラ+細田連合、とか、場外からはそういううがった見方もできるわけですが、まあ公開時期が重なったのは単なる偶然でしょう。
でも結果として、これは角ヘラ+細田の圧勝じゃないですか。いや興行的にはスクリーン数がそもそも一ケタ違うし、客席数ではさらにその数倍の差があるんで、比較すること自体がナンセンスですが、映画の出来は圧倒的にこちらに軍配が上がるんじゃないですか。
宣伝展開も、公開前の宣伝材料として、ヲタ系に受けのいい乙一や樋口真嗣、押井守、さらには「腐女子の好物もいっぱい」とか、明らかに対象をヲタに絞っていたと思われるのに、蓋を開ければ、ヲタだけではなく一般客も含め、みんなが大満足。そしてテレビスポットもほとんど打たれていないにも関らず、口コミでヒットですから。

時をかける少女』の映画化は、自分が知る限りでは、大林&原田知世版、角川春樹自身が監督した版、そしてこれが3つ目じゃないかと思うんですが、大林版は、原作のストーリーやエッセンスを大切にしつつも、独自の大林ワールドに原作を絡め取った、というイメージでした。
春樹版は・・・何も言いません。
そしてこの3作目。
ストーリーは大胆に原作から離れています。基本は「女子高校生がタイムリープする」、というところだけで、他は全面的に変わっている、と言ってもいいでしょう。
ところがこの改変があるにも関らず、立派に「21世紀のトキカケ」になっている。それは原作の持つ、思春期の登場人物達の手触りのリアルさがそう思わせるのかもしれません。
原作版は、SF小説である以上に、「青春小説」だったということなのかも。
さらに、原作版(そして大林版)の主人公であった芳山和子を、主人公の叔母として、原作のキャラクターのまま成長した女性として登場させ、原作との継続性も持たせて、原作ファン(そして原作そのもの)への気配りも忘れていません。 原作者もこの大胆な改変を、結果的に大変好意的に捉えているようですが、自分も、ある意味大林版よりもトキカケしている、とも思える、この脚本の出来の良さが、この映画の一番の肝だなあと。
そして緻密にして大胆な細田守の天才演出は、第二の肝。
素晴らしい主題歌は第三の肝。

とにかく素晴らしい映画です。見に行く価値がある、入場料金1800円以上の価値がある作品です。

ところでFLIXのサイトがリニューアルされていることは知りませんでしたが、そこのニュースがmixiに配信されており、このニュースはmixi経由で知りました。

■ネットの口コミで大ヒット?『時をかける少女』は連日超満員!

(前略)筒井康隆の名作を新たな構想で製作したアニメーション『時をかける少女』が7月15日に都内で公開されてから、テアトル新宿ほか、都内の公開劇場でじわじわと観客動員数を伸ばしている。

 テレビスポットを何度も打つような大々的な宣伝を特にしていない本作が、公開から順調に観客動員数を伸ばしているのは、Yahoo!ムービーのユーザーレビュー1位などネットや友人から評判を聞きつけた“口コミ”客が増えていっていることが、大ヒットの要因のひとつとなっている。(後略)

シネマトゥディ 8/10のニュースより

ここ広島では、当初から単館公開(とはいってもミニシアターではなくバルト11という、T-JOY系の、広島では屈指のシネコンでの公開ですが)、そして8月11日をもって公開終了という惨状でした orz
ただ、自分はこの映画、公開週と、その翌週の二度、見に行きましたが(いずれもウィークディ)、公開週に見に行った時は劇場内には自分を含めて20人ほどしかいなかった観客が、翌週には席がほとんど埋まり、空席は数えられる程度になっていたのを見て、驚きました。
高校が夏休みに入っていたからだ、というのもあるかもしれませんが、とてもじゃないがヲタク文化不毛の地広島で、ウィークデイ真昼間の劇場を埋め切るだけの多数のヲタが生息しているとも思えませんし、そもそも観客の大多数は若いカップルですから。
まあバルト11では当初から公開は2週間だけ、と決めていたんでしょうから、公開期間の後半になって急激に客足が伸びたからといって、急遽公開延長、というわけにもいかないんでしょうけどね。夏はかき入れ時で、スクリーンもいっぱいいっぱいでしょうし。
それでもこうして口コミで評判になり、ネットのニュースにもなってきた頃にはもう劇場ではやってません、てな状況はいかがなものですかね。
こういった細かい状況の積み重ねが、ヲタ文化に限らず、映画とか音楽とかの大衆文化の根付きというか広がりが弱い広島の状況を生んでいるというかなんというか。

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