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2010年日本
▼製作:SOS団(角川書店/角川映画/京都アニメーション/クロックワークス/ランティス)▼総監督:石原立也▼監督:武本康弘▼脚本:志茂文彦▼音楽:神前暁ほか▼キャラクターデザイン・超総作画監督:池田晶子▼総作画監督:西屋太志▼作画監督:植野千世子/秋竹斉一/池田和美/高橋真梨子/門脇未来/堀口悠紀子/高橋博行▼アニメーション制作:教徒アニメーション
▼出演:杉田智和/平野綾/茅原実里/後藤邑子/小野大輔/桑谷夏子
配給:角川映画 公開日:2010年2月6日

涼宮ハルヒの消失
(劇場版京アニ公式サイト)

 劇場版とテレビシリーズが相次いでBlu-ray disk化されたのを、数日かけて改めて見終えたあとに感じたことを、いまさらですが書きます。

 この劇場版は、非常によくできたSFジュブナイルの映像化作品です。

国産劇場用アニメの全体的な高品質化

 原作小説は、ライトノベルの枠内で語られることが多いのですが、基本には、SF的な枠組みの中で高校生を主人公にした「キャラもの」小説です。そして、この映画は、その原作小説でいうと第四巻を、まるまる映像化したものです。
 テレビシリーズとしてアニメ化もされて大人気を博した『涼宮ハルヒ』シリーズですが、テレビも映画も、制作スタジオは今の国内アニメーション業界を引っ張るスタジオの一つ、京都アニメーション、通称「京アニ」です。
 京アニは、原作の世界観を大切にした映像化と、その丁寧な絵作りで定評がありますが、この映画作品ではさらにその方針が徹底されており、劇場版パンフレットにも記載されている通り、もともと原作に忠実かつ丁寧な作りだったテレビシリーズから、さらに予算も時間も潤沢に掛けて、現代の劇場版アニメとしては非常に質の高いものに仕上がっています。

 尤も、最近の劇場版アニメは、どの作品もこういった傾向が強く、『魔法少女リリカルなのは The Movie First』、『Fate / stay night - UNLIMITED BLADE WORKS』など、同時期に公開された劇場版アニメーション作品は、いずれも元のテレビシリーズやゲームなどの世界観を大きく変えることなく、劇場版ならではの予算と時間をたっぷり掛けて、「映像としては」高品質なものとなっています。

 その流れに沿って考えると、この『涼宮ハルヒの消失』の品質の高さも、特記すべきものとは言えません。

 ただ、特筆すべきは、(敢えてライトノベルとは言いません)SFジュブナイルとしての完成度の高さです。
 原作小説もジュブナイルと言えなくはないんですが、この映画に限って言えば、いや、テレビシリーズからこの映画に至る、アニメーションで映像化化された『涼宮ハルヒ』シリーズ全体として、原作の持つポテンシャルを軽く超越した大傑作となっていると考えます。

 ただし、この傑作を真に「傑作」と言い切れる人、そう感じられる人は、ある種の条件を満たす人だけになります。

 映画の感想や批評を書いてあるblogやサイトなどで、頑なに

「映画は映画として単独で見て評価されるべきである」

 という、映画原理主義とでも言うような主張を時々見かけます。
 そういう主張をする人たちは、
「原作を読んでいないと話が分からない」

という映画は絶対に認めません。あくまでも、金を取って映画を見に来た観客にとっては、映画の中で得られる情報が全てであり、その枠内での評価しか認めない、というものです。

 彼らにとっての目の敵は、たとえば、『ハリー・ポッター』シリーズ。
 原作は長大な長編小説です。映画の方も回を重ねる毎に上映時間が延びて、いつの間にか、本来対象である小さな子供が鑑賞に耐えうる長さを越えた長尺になっています。
 それでも、原作小説にあったエピソードを全て映像化するのは時間的に不可能であり、映画にはある程度の「端折り」があるんですが、それがために、映画だけを見ていると、お話の流れについて行けていないな、と感じる部分があります。

 先に書いた映画原理主義者たちにとっては、これは許しがたいことなんでしょう。
 そして、そういう映画原理主義者たちにとって、本作『涼宮ハルヒの消失』もまた、許しがたい作品、ということになるのかな、と思うと、まぁなんとももったいないことです。

 さて、では、この映画を十分に楽しむための条件、とはどういったものか?
 以下のいずれかに該当する人なら、まず文句なく楽しめるでしょう。

  1. テレビシリーズ全話を見た人
  2. 登場するキャラクターや設定などを知った上で、テレビシリーズ中の『笹の葉ラプソディ』『エンドレスエイト(を全話)』『サムデイインザレイン』を見ている人
  3. 原作全巻読了者
 まず、ストーリーの流れでいうと、本作『涼宮ハルヒの消失』は、時系列としては、テレビシリーズ最終話『サムデイインザレイン』の直後から話が始まります。
 さらに作中で、タイムトラベルにより『笹の葉ラプソディ』で描かれた、「3年前の七夕の夜」と、時空間が行き来します。
 つまり『笹の葉ラプソディ』の内容と本作の内容は、互いに補完関係にあります。『笹の葉ラプソディ』で提示されたまま残されていた謎については、そのほとんどに対して、今回、解答、もしくは解明に至るヒントが提示されます。
 逆に、『笹の葉ラプソディ』そのもののストーリーに関しては、今回、ほとんど説明されませんなので、テレビシリーズの第一期だけしか見ていない人は、加えて、せめて『笹の葉ラプソディ』だけでも見ておけば、ずいぶん違うと思います。

『エンドレスエイト』は必要だった

 テレビシリーズ二期で悪評高かった、『エンドレスエイト』というエピソード。
 「終りのない八月」という意味を持つタイトルのこのエピソードは、主人公の涼宮ハルヒが、自らの理想とする夏休み体験が得られなかったがために、無意識のうちに夏休みを一万五千四百九十八回だか繰り返す、という話です。
 なんとこれをテレビでは、実際に、夏休みのできごとを描いた同じエピソードを八回繰り返し放送するという、まぁ良くいえばアヴァンギャルドで実験的な訳ですが、実際にやってみた結果、出演声優たちは困惑を隠せないままに収録にのぞみ、放送されればファンからは非難轟々、という訳で、それまでそれなりに2000年代を代表するテレビアニメとして評価を得ていた『涼宮ハルヒの憂鬱』の評価そのものを落とした元凶、とも思われていたエピソードです。

 ところが、この劇場版『涼宮ハルヒの消失』にとって、このエピソードは欠かすことのできない布石となっています。
 具体的には、本作(劇場版)のストーリー中で提示されている、「全ての原因は長門有希」というところです。
 普段から人間的な感情をほとんど見せず、過去には超人的な能力で登場人物たちの危機を乗り越えてきた長門有希が、なぜ突然この映画では、あのようなことになったのか?
 ここは、テレビシリーズ一期だけを見てから映画を見た人には、長門のキャラの振れ幅があまりに大きすぎ、違和感を感じた部分ではなかったでしょうか。

 ところが『エンドレスエイト』を延々と見ていた(むしろ「延々と見させられていた」)二期の視聴者にとっては、あのいつ終わるともわからない徒労感を味わったことで、劇中の長門有希と同じうんざりした感じを共有することができたのではないか、そして制作側にとっては、あの無謀とも思える『エンドレスエイト』の真の狙いがもしかして、そこにあったのではないか、と思うのです。

 通常のことではびくともしない強心臓かつ無感情の長門有希(彼女は実際は人間ですらない)。その彼女が、なぜあそこまで追い込まれたのか、長門有希だけが感じていた様々な真実、そして彼女自身が手を下さざるを得なかった状況。それによって彼女が感じていたであろう「うんざり」とした感覚。それを視聴者(劇場版の鑑賞者)に共有させるための効果的な手段こそが、あの『エンドレスエイト』の手法だった、ということなのではないでしょうか。

 『エンドレスエイト』は、『涼宮ハルヒ』という映像コンテンツそのものに対して、一期を終えた頃にあった、時代を代表する傑作、という評価を覆してしまった。少なくとも、あれで離れてしまったファンは少なくなかったでしょう。
 でも、それを大きな伏線として、二期放映の翌年早春に劇場版でそれを回収してしまったとも言えるわけで、長期に渡り、しかもテレビシリーズと劇場版を通して、シリーズ全体のディレクションをここまで上手くやった例はあまり思いつきません。

 テレビシリーズ二期とのあいだの仕掛けにばかり話が行きましたが、その制作側が最初に設けた関門さえクリアできれば、とにかく楽しめる作品です。脚本も演出も作画も音楽も素晴らしい。ストーリーの仕立ては脚本というより原作に負う部分が大きいでしょうが、それ以外にも主人公の感情描写などは、抜きん出て素晴らしいものになっています。

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タグ : 涼宮ハルヒの消失 涼宮ハルヒの憂鬱 日本映画 アニメ

2010年日本
▼製作:映画プリキュアオールスターズ製作委員会▼監督:大塚隆史▼演出・絵コンテ:大塚隆史、松本理恵▼脚本:村山功▼作画監督・キャラクターデザイン:青山充▼音楽:高梨康治、佐藤直紀▼アニメーション制作:ABC・東映アニメーション
配給:東映 日本公開日:2010年3月20日

 今年で七年目になる、女児向けテレビアニメーションシリーズ。昨年2009年に続き、これまでのシリーズの主人公たちが全員登場して活躍するオールスターもの作品の第二弾。

 昨年の『映画 プリキュアオールスターズDX みんなともだちっ☆奇跡の全員大集合!』では、シリーズ全作品の主人公全員に見せ場を用意していました。
 見せ場、とは、具体的には「変身シーン」「戦闘シーン」「必殺技シーン」です。

 ところが、2009年時点では足掛け六年間、主人公達の合計は14名。
 しかも対象年齢層は、小学校低学年レベルの女児。一般的には長時間の映画鑑賞に耐えられない年代。
 さらに、客層がそうである以上、幼稚園や学校がお休みの日に観客数を稼がなければならず、一日あたりの上映回数を稼ぐ必要がある。

 これらにより、必然的に上映時間は短くしなくてはいけません。そんな短い中に先ほど述べた「見せ場」の数々を確保しなければいけない、となると、どうしても「見せ場」である変身・戦闘・必殺技のシーンばかりを集めたダイジェストのようなものになってしまいます。

 昨年の作品がそのようなものになったことを踏まえたのか、今年の作品は、昨年に対して比較的にストーリー性を重視したものになりました。
 歴代主人公たちの中にあって、現行テレビシリーズの主人公達と、前年度の主人公達。彼女たちには今回も見せ場が用意され、かつ、ストーリーの中心的な立場を与えられました。
 ただ、そうなると今度は過去のシリーズの主人公達の見せ場が少なくなります。
 結果、昨年の作品にあった、「全シリーズの主人公全員の変身シーン」「同・必殺技」というのは大きく割愛されました。

 そのかわり、作品のラストで、主人公17名全員が、それぞれのシリーズの主題歌に乗せて舞台に登場し歌い踊り、最後に全員で群舞する、という演出がなされます。
 過去作のファン達はみな、ここで、作中での過去の主人公達の活躍の少なさを帳消しにして余りある満足を得て溜飲を下げます。

 既に2011年春には、このオールスターシリーズの三作目が公開されることが発表されていますが、公開されている特報などを見る限り、一応、三作目をもって、このオールスター映画は終了させるようなニュアンスが感じられます。
 プリキュアシリーズを最初から応援してきた者としては三作目も楽しみであり、また、オールスターシリーズが終焉を迎えるのならば寂しくもあります。
 同時に「オールスターもの」というコンセプトと作劇上の無理を、来年の三作目はどう折り合いをつけるのかも楽しみにしたいと思います。

けいおん! (TBS公式サイト)

 大人気みたいですね。

 今の俺のメインPCの壁紙もこの作品なんですがね。
 ちなみに携帯の待ち受けは、某所から入手した、園田さんと大下さんのツーショット写真。(←聞いてない)。

 そして、これもまた京都アニメーションが絡んでいる、というのも面白い。『涼宮ハルヒの憂鬱』『らき☆すた』に続いて、ヲタがアニメの枠を超えて話題になるほどの動きを見せるテレビアニメ作品は、なぜか京アニが絡んでいるという。ま、京アニのクリエイティヴィティの高さが図抜けていることの証左とも言えるかも。

 盛り上がっているので、とりあえず原作(現在、2巻まで出ている)を買って読んでみました。

 とある女子高の軽音楽部を舞台にした、ゆるい学園コミックで、決して『BECK』とか『TO-Y』とか『NANA』(←これはちょっと違うか)のような、バンドのマンガ、音楽のマンガではないです。
 原作を読む限りでは、登場人物たちのキャラ設定も、これほどまでに人気がでるほどには、際立ったものでもなさそうだし、本当にゆるい(そもそも原作は四コマ漫画だしねー)。

 でも、アニメ版を見てみると、原作よりもしっかりとキャラ作りがされている。動きと声がつくというアドバンテージはあるけれど、こりゃ人気でるよね、と納得。
 ただ、原作は2巻にして既に学校生活2年目に突入。アニメのほうでも既に2年目に入って新入部員あずにゃんも入部、二度目の夏合宿を経て二度目の学園祭に向けての話になってきているので、そろそろ最終回かな・・・という感じです。原作が長大なハルヒなんかとは違い、現在進行形で爆発中の人気とは裏腹に、あっさり終わりそうなのがなんとも寂しい限り。

楽器業界も「けいおん!」に注目!? Fender公式ブログで絶賛 (ITmedia News)

 …登場キャラの中でも一番人気、ベース担当の秋山澪が使っているのがフェンダーのジャズ・ベース、3トーン・サンバーストのレフティモデルということで、フェンダージャパンの公式ブログでも取り上げられているとのこと。読んでみたらポール・マッカートニーやアール・メイと同列で語っててワロタ。そりゃ失礼ってもんだろ、と憤るなかれ。なにしろ、この作品の影響力たるや、楽器業界ににまさに『けいおん!』旋風を巻き起こしているといっても過言ではない様相を呈している訳で。
 まず、amazon.co.jpのFENDER-JAPAN JB62/LH/3TSの販売ページ。このエントリを書いている時点で、在庫切れ、かつこの商品の再入荷予定は立っておりません。それもそのはずで、『けいおん!』放送開始後2~3週間で、過去の六か月分に相当する出荷があったそうで。
 いやそもそも普通のアニヲタって楽器演奏しないし、したとしてもベーシストそんなに多くねぇし、しかも左利きはさらに少ないだろ!と思うんですが。

けいおん!人気で業界騒然、左利き用ベース2年分を追加発注 (ASCII.jp)

 澪だけじゃなく、主人公でギター担当平沢唯の使っているのはギブソンのレスポール、チェリー・サンバースト。これは同カラーのコピーモデルが軒並み在庫切れ。
 さらには、楽器だけではなく、作中で澪が使用していたヘッドホン、AKGのK701というモデルですが、これが店頭在庫がなくなる店が続出とか。だってこれ、5万以上する超高級ヘッドホンだぜ?
→参考:【有名人のヘッドホン番外編】アニメ「けいおん!」の「澪ホン!」(みおホン)(大阪日本橋イヤホン・ヘッドホン専門店「e☆イヤホン」のBlog)

 さらに、新入部員でギター担当の中野梓が持っているギターはフェンダー・ムスタングのオールド・キャンディ・アップル・レッド・モデル。この色は現在のフェンダーのラインナップからは外れているんですが、なんと梓カラーのモデルが生産されるとの話。ついにメーカーまで動かしてしまったという…『けいおん!』…恐ろしい子!

 しかしあれですな。バンドブームが去り、ここ最近の若い子たちは、高校で「おんがくやろうぜ」みたいな話になったら、ヴォーカル・グループ(ケミストリーとか?)とかダンス・ユニット(エグザイルとか?)に興味が向うらしく、俺達が若いころみたいに「バンドやろうぜ」というのは無くなってきている、という話をいろいろ聞いていたんですが、楽器業界には思ってもみなかったところから追い風が吹いてきたというところでしょうか。
 うん、元バンドマン高校生だった俺としては嬉しい話です。

サマーウォーズ 公式サイト
サマーウォーズ 公式ブログ

 吉祥寺に住んでいた頃、同じお店で飲んでいた、いわば飲み仲間でもある、細田守監督。
 前作『時をかける少女』(2006年)が、恐るべき高評価だったため、広く一般に名前が知られるようになり、現代日本において、最も次回作を嘱望されるアニメーション演出家の一人であると言っても過言ではないほどの重要な存在になった人なので、今更飲み仲間なんていうのは大変気が引けます。
 その細田監督の次回作が、いよいよ今年の夏に公開されることになりました。
 すでに劇場用特報がYouTubeにあがっていますので、貼っておきますね。

 エヴァ新作といい、今年は劇場用アニメが熱い夏になりそうです。

  

映画の出来については、今更ここでくどくど言うまでもないんですが。
これは普遍性を持った傑作映画です。リアルタイムで青春を過ごしている人だけではなく、年を取った自分(まあ所謂大林版世代とでもいいますか)でも十分に楽しめる普遍性を持った作品。それでいて、世界一眼が肥えている日本のアニメファン(=ヲタ)にも有無をも言わせぬ完成度。
ときかけ
既にYahooムービーを始めとする映画関係サイトや掲示板では、圧倒的な高評価が与えられており、個人的にもこの夏一番の傑作だと思います。いやこれは身内の身びいきとかそういうのではなく。
正直、映画を見る前までは、かなり心配でした。ジブリと日本テレビの圧倒的な物量宣伝に潰されるんじゃないの?とか。
実際、『ハウル』の細田降板があり、今回の公開時期バッティングですから、若い芽を摘むジブリと、それに対抗する角ヘラ+細田連合、とか、場外からはそういううがった見方もできるわけですが、まあ公開時期が重なったのは単なる偶然でしょう。
でも結果として、これは角ヘラ+細田の圧勝じゃないですか。いや興行的にはスクリーン数がそもそも一ケタ違うし、客席数ではさらにその数倍の差があるんで、比較すること自体がナンセンスですが、映画の出来は圧倒的にこちらに軍配が上がるんじゃないですか。
宣伝展開も、公開前の宣伝材料として、ヲタ系に受けのいい乙一や樋口真嗣、押井守、さらには「腐女子の好物もいっぱい」とか、明らかに対象をヲタに絞っていたと思われるのに、蓋を開ければ、ヲタだけではなく一般客も含め、みんなが大満足。そしてテレビスポットもほとんど打たれていないにも関らず、口コミでヒットですから。

時をかける少女』の映画化は、自分が知る限りでは、大林&原田知世版、角川春樹自身が監督した版、そしてこれが3つ目じゃないかと思うんですが、大林版は、原作のストーリーやエッセンスを大切にしつつも、独自の大林ワールドに原作を絡め取った、というイメージでした。
春樹版は・・・何も言いません。
そしてこの3作目。
ストーリーは大胆に原作から離れています。基本は「女子高校生がタイムリープする」、というところだけで、他は全面的に変わっている、と言ってもいいでしょう。
ところがこの改変があるにも関らず、立派に「21世紀のトキカケ」になっている。それは原作の持つ、思春期の登場人物達の手触りのリアルさがそう思わせるのかもしれません。
原作版は、SF小説である以上に、「青春小説」だったということなのかも。
さらに、原作版(そして大林版)の主人公であった芳山和子を、主人公の叔母として、原作のキャラクターのまま成長した女性として登場させ、原作との継続性も持たせて、原作ファン(そして原作そのもの)への気配りも忘れていません。 原作者もこの大胆な改変を、結果的に大変好意的に捉えているようですが、自分も、ある意味大林版よりもトキカケしている、とも思える、この脚本の出来の良さが、この映画の一番の肝だなあと。
そして緻密にして大胆な細田守の天才演出は、第二の肝。
素晴らしい主題歌は第三の肝。

とにかく素晴らしい映画です。見に行く価値がある、入場料金1800円以上の価値がある作品です。

ところでFLIXのサイトがリニューアルされていることは知りませんでしたが、そこのニュースがmixiに配信されており、このニュースはmixi経由で知りました。

■ネットの口コミで大ヒット?『時をかける少女』は連日超満員!

(前略)筒井康隆の名作を新たな構想で製作したアニメーション『時をかける少女』が7月15日に都内で公開されてから、テアトル新宿ほか、都内の公開劇場でじわじわと観客動員数を伸ばしている。

 テレビスポットを何度も打つような大々的な宣伝を特にしていない本作が、公開から順調に観客動員数を伸ばしているのは、Yahoo!ムービーのユーザーレビュー1位などネットや友人から評判を聞きつけた“口コミ”客が増えていっていることが、大ヒットの要因のひとつとなっている。(後略)

シネマトゥディ 8/10のニュースより

ここ広島では、当初から単館公開(とはいってもミニシアターではなくバルト11という、T-JOY系の、広島では屈指のシネコンでの公開ですが)、そして8月11日をもって公開終了という惨状でした orz
ただ、自分はこの映画、公開週と、その翌週の二度、見に行きましたが(いずれもウィークディ)、公開週に見に行った時は劇場内には自分を含めて20人ほどしかいなかった観客が、翌週には席がほとんど埋まり、空席は数えられる程度になっていたのを見て、驚きました。
高校が夏休みに入っていたからだ、というのもあるかもしれませんが、とてもじゃないがヲタク文化不毛の地広島で、ウィークデイ真昼間の劇場を埋め切るだけの多数のヲタが生息しているとも思えませんし、そもそも観客の大多数は若いカップルですから。
まあバルト11では当初から公開は2週間だけ、と決めていたんでしょうから、公開期間の後半になって急激に客足が伸びたからといって、急遽公開延長、というわけにもいかないんでしょうけどね。夏はかき入れ時で、スクリーンもいっぱいいっぱいでしょうし。
それでもこうして口コミで評判になり、ネットのニュースにもなってきた頃にはもう劇場ではやってません、てな状況はいかがなものですかね。
こういった細かい状況の積み重ねが、ヲタ文化に限らず、映画とか音楽とかの大衆文化の根付きというか広がりが弱い広島の状況を生んでいるというかなんというか。

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